[第6シリーズ] 第3回
「DNA データとコンピュータによって革新されるがん治療」Q & A
回答者:加藤護先生
【 質問1 】
抗がん剤治療など患者にかかる負担が大きいですが、この検査で提案される投薬での副作用は今までよりは軽減されているのでしょうか。それとも変わりないでしょうか。
【 回答1 】
がんゲノム医療では、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が治療薬としての候補となります。一般的にそれら治療薬は、がん細胞に特異的な機序を利用して効果を得るため、昔から使われてきた細胞障害性抗がん薬と比べて、副作用の出方が違い、場合によっては負担が少ないことがあります。しかしこれは一般的な話であり、分子標的薬では下痢、肺の炎症などの副作用が出たり、免疫チェックポイント阻害薬では免疫細胞が正常な組織にも反応してしまい、炎症などの副作用が出たりすることがあります。
【 質問2 】
どのぐらいの割合で治療薬が見つかるのでしょうか。また、見つからなかった場合はどうするのでしょうか。
【 回答2 】
実際の臨床現場においてどのぐらいの割合で治療薬が見つかるのかは分からないのですが、講演で出した研究によれば(Horie et al, Cancer Discov., 2024)、治療につながる可能性のある変異(evidence level 1-3A)が見つかった割合は22% でした。また、臨床試験を可能性として考えられる変異まで含めると(evidence level 1-3B)、49% でした。見つからなかった場合は、別の治験を探す、体の状態に合わせて治療方針を考えるなど、その後の方針を主治医と相談して決めていくことになると思います。
【 質問3 】
血液検査だけで、変異遺伝子を特定することは可能でしょうか。又、○○のがんが近い将来できるかもしれないという予測は可能ですか。
【 回答3 】
血液を用いて、すでにできているがんの遺伝子変化を調べられる場合があります。がん細胞からはDNA断片が血液中に放出されることがあり、それを調べるがんゲノム医療の検査があります。ただし、血液中に出てくるがん由来のDNAが少ない場合は、変異があっても見つからないことがあります。「近い将来このがんになる」という予測は現在のところ難しいと思います。ですが、血中DNA の変異やメチル化パターンなどを使って、検査時点ですでに存在する早期のがんを発見する研究は進められています。
【 質問4 】
がんゲノム療法は、採取したがん細胞のDNA情報から発現しているがん遺伝子を特定し、適切な治療薬を提案するもののようです。老齢になってくると、誰もががん細胞化する一歩手前の細胞を持っていると聞きました。特定部位の全ゲノム解析を行ってがん細胞発現の可能性を調べ、がんの予防につなげることは難しいのでしょうか。もし可能であれば、人間ドック等に取り入れて、(費用の問題はあるでしょうが)がんの予防が飛躍的に進歩すると思います。
【 回答4 】
確かにその通りなのですが、現時点では、がんの予測というのは難しいと考えています。がんでよく認められるドライバー変異を持っていてもがんを発症しないことがあり、がんのドライバー変異以外に何が重要な因子なのかを解明することは、最先端の研究となっています。また、膨大な正常細胞の中からごく少量のがん細胞もしくはがん細胞の何らかのシグナルを検出する必要があり、高精度な検出技術も必要とされると思います。今後の研究の進展が期待されます。
【 質問5 】
異常なたんぱく質のガン化のスピードと、ゲノム医療によるがん治療とのスピードの差というのはあるのでしょうか。ガン化のスピードが速くて治療が追い付かないのではないかと考えられるのですが、いかがでしょうか。
【 回答5 】
薬剤によるがん細胞の減少スピードを、がんの増殖スピードが上回る場合もあると思います。この場合は治療が追い付かないと思います。そこで薬剤による減少スピードを上げようとすると、今度は副作用の問題が出てきます。実際の承認薬では、薬剤の効果と副作用が勘案され、推奨される用量・用法が定められています。しかしこれは臨床試験における集団レベルの結果から導かれたものであって、私としては一方、客観的データに基づく個々人に合わせた用量・用法というものがあってもよいのではと思い、そのための研究をしています。また、がん細胞は少しずつ変化(進化)していくので、検査時点でのがんの状態から治療する時点でのがんの状態が変わり、薬剤が期待したほど効かないということもあると思います。
【 質問6 】
がんゲノム医療(C-CATの調査結果を利用)を受けている患者は、化学療法を受けている全患者の何%くらいでしょうか?実際の臨床の場から治療結果が還元されるシステムはありますか?
【 回答6 】
実際の臨床現場における正確な割合は分からないのですが、C-CATの登録状況を見ますと年約2万名の患者さんが保険診療下でのがんゲノム医療を受けていられるようです。C-CAT には検査の結果だけではなく、その後の治療経過の情報も集められています。その情報を活用し、たとえばどのようなDNA および臨床の特徴があると特定の薬剤が効きやすいかを解明したりして、さらなる治療法の研究開発が進むことが期待されています。
【 質問7 】
がんゲノム医療がさらに充実するには、さらなる分子標的薬の開発が必要だと考えます。がんゲノム情報管理センターC-CATの集めたデータがそのような創薬に活用されたりしているのでしょうか。また、低分子薬よりも抗体やRNAなどのバイオ医薬品の方が有望なのでしょうか。
【 回答7 】
はい、活用されています。C-CATには、保険診療下で実施されたがんゲノム医療のデータが臨床データと共に集められています。このようなデータを調べると、「日本人のがんでは、どの遺伝子の変化が多いのか」「新しい薬の標的になりそうな変化は何か」が分かってきます。これは新薬を作るための大事な手がかりになります。新薬開発でどの種類の薬が有望かは、私の方では何とも言えない状態です。ただそれぞれの長所・短所があるため、それぞれの特性に応じた使われ方がされていくと思いますし、それに応じた開発が進んでいくと思います。異なる種類の薬剤が充実していくこと自体は、状況に応じて異なる手段が取れることを意味するので、良いことだと私は思います。
【 質問8 】
1個の変異でもがんに変異することがあると知って驚いた。データ解析によりまだまだ新しいタイプのがんが見つかっていくのでしょうか。
【 回答8 】
よく見られるがん種において、頻度の高い変異は大方発見された、と考えています。ただし、より複雑な変異や、稀に見られるがん種における変異、稀に存在する変異については、これからも見つかっていくと思います。とは言え遺伝子に関して言えば、ヒトには約2万遺伝子ありますが、がん関連遺伝子はせいぜい千個程度と言われており、この数は今後も大きくは変わらないと予想しています。また、がんの分野では亜分類(サブタイプ)という、がんのタイプをより細かく分類していく考え方があり、こちらは新規に見つかったり再編されたりする可能性は十分あると思います。例えば脳腫瘍では、ある遺伝子の変異が有るか無いかで分類が分かれ、その分類が参考となって治療法が異なったりします。どのような指標でどう分けると効果的な治療法につながるのかは、活発な研究対象となっています。
【 質問9 】
がんの原因となる遺伝子はどの組織でもだいたい同じものが原因遺伝子となるのでしょうか。免疫チェックポイント阻害剤はその効果の有無について個人差が大きいと聞いたことがあるのですが、どうして差が生まれるのでしょうか。
【 回答9 】
共通している遺伝子もあれば、組織特有の遺伝子もあります。しかし大雑把な印象を言えば、多くの組織で共通してみられる遺伝子、ある組織群で共通してみられる遺伝子、のように頻繁に見られる有名な遺伝子(TP53 やKRAS など)があります。これを調べられるIntOGen のような便利なウェブサイトもあります。免疫チェックポイント阻害薬の効き方に個人差が大きい理由は、この薬ががん細胞を直接たたく薬というよりは、患者さんの免疫の力を利用する薬だからだと思います。免疫状態はその人が持っている免疫の型(HLA 遺伝子の型)やその時々の微小環境(がん細胞を取り巻く、免疫細胞を含めた非がん細胞や物質の状態)によっても変わり、そのため、よく効く人と効きにくい人が出てくるのだと思います。がんゲノム医療ではTMB やMSI という指標を参考にして免疫チェックポイント阻害薬の適応を考えますが、これら以外にがんゲノム医療で得られるどのような情報を活用すれば効きやすい人・効きにくい人をより正確に知ることができるのか、がんゲノム医療で現在取得していないどのような情報を活用すれば知ることができるのか、これらは最先端の研究です。
