[第1シリーズ] 第3回

第3回「太陽と月と色素細胞の進化」Q & A

回答者:山本博章先生

【 質問1 】
 ゼノパスのメラニン色素細胞の動画でフラッシングしながら増殖しているのが見えましたが、「フラッシング」と見えるのは細胞が膨張→収縮を見ているのでしょうか?見えている現象がどういうことなのか教えてください。 この現象は何のために起こるのでしょうか?一般的な増殖だとこのようなことは起こらないのだと思いますが。
【 回答1 】
 この現象、私たちも大変興味を持ったところです。変温動物の色素細胞の特徴の一つは、細胞内で可逆的に色素顆粒を凝集・拡散させ、色や明るさを調節できることです。ご質問の方はこのことをよくご存じで、疑問を持たれたのではないかと拝察します。そこで、少し長くなりますが、この解析を行った背景を簡単に説明します。実際のところは、細胞の形も、メラノソームの拡散・凝集状態も変化しているように見える、ということになります。 

 当日の動画は、神経冠細胞が勢いよくはい出す様子をみて(感じて)いただこうと思って、他はほとんど哺乳類を対象にしたスライドでしたが、ゼノパスの話題を加えさせていただきました。これは、メラニン色素細胞の発生に必須の転写因子Mitfの機能解析を行う過程で得られたものです。
 *転写因子:転写制御に関わるDNA上の配列(シスエレメント)に結合するタンパク質で、標的の遺伝子の発現制御に関わる。

 変温動物においてもMitfはメラニン色素細胞(メラノフォア)の発生に必須です。ゼノパスを用いたのは、細胞数がまだ少ない時期の受精卵の割球に、ガラス針で目的の物質を微量注入するマイクロインジェクション実験が容易なためで、この方法を用いて、Mitfの発現や機能を人工的に制御しようとしたのです。当日の動画は、Mitfの発現や機能を人工的に制御していない神経管からメラノフォアがはい出す様子(コントロール実験)を示したものです。

 当日はお示ししませんでしたが、これと同じ実験系で、Mitfを過剰発現させたり、Mitfの機能阻害を行ってみたところ、この転写因子がメラノフォアの樹状化を促進するだけでなく、メラニン顆粒(メラノソーム)の拡散も促進することを見出しました。
 この現象は、メラノソームを細胞骨格に沿って細胞の核付近から細胞膜に向かって移動させるのに必要な分子装置の1構成因子であるRab27a(低分子量Gタンパク質:エフェクタータンパク質と呼ばれるメラノフィリン/Slac2aを介してミオシンVaをリクルート(補充、動員)して、メラノソームを輸送するために必須の複合体を形成します。この複合体がマイクロチュブール/微小管やアクチン繊維上に沿って細胞膜に向かって動くイメージです)の発現がMitfによって制御されることが一因である(すべてではないにしても)ことが判明しました。
 さて、見ていただいたフラッシング様の現象がどのようなことを意味しているのか、につきましても大変興味深いのですが、その役割やメカニズムはまだよくわかっていません(と思います)。経時的な観察から、少なくとも細胞分裂を伴わずにフラッシングしているように見えるメラノフォアが観察されています。
 なお、Mitfを過剰発現させるとメラノフォアは樹状突起を伸ばしたままになります。またこの転写因子の機能阻害を行うと、丸まったままになります。Mitfの関与を含め、この振動の実態を知りたいと思っています。繰り返す現象は生物学の基本的な興味の一つですね。なおゼノパスメラノソームの移動が細胞周期に依存することを解析した報告はないわけではありません。

【 質問2 】
 マウスのメラノサイトの有無で、難聴が決まっていることは、どういう経緯で見出されたのか興味があります。 また、耳以外の他の臓器にはどういう影響がありそうなのかも知りたいです。 (都市伝説レベルでもよいので)
【 回答2 】
 私もいつごろからこのような現象が知られていたか、知りたいと思います。関連の報告をさかのぼると、ヒトの難聴の解析とマウスを用いた解析は相互に連関しながら進展してきたようです。生理学的な知見はヒトで進んでいますので、色素形成の特徴を伴う難聴の場合、内耳の色素形成との連関があるか否か、ヒトでの解析が行われ報告されてきました。よく知られているのはオランダの医師の名前を冠したワールデンブルグ症候群(WS:Waardenburg’s syndrome)で、1951年に報告されています。その原因遺伝子が同定され始めたのは1990年代で、ヒトMITFはWS2型の原因遺伝子に分類されています。
 ダーウィンが「種の起源」(1859年)の中で、青眼で白毛色のネコは難聴である、と記載していますが、おそらくですが、それまでにも、いわゆる愛玩動物を飼育していた方々はこの連関に気づいていたのではないかと「予想」します。ちなみに、1851年にはコルチ(Alfonso Corti)博士がウシとヒツジの内耳に色素細胞があることを報告しています。生理学的な解析は20世紀後半に入って多く報告されるようになったようです。なお、聴覚に影響を及ぼす遺伝子座は多く知られています。
 もう1点、江戸時代の天明7(1787) 年に発行された銭屋長兵衛なる著者によるネズミの解説本『珍翫鼠育艸』(ちんがんそだてぐさ)には、黒眼で白毛色の個体が紹介されています。ワールデンブルグ症候群のモデルネズミだとしますと難聴を示すはずですが、そのような記載は見つけられません。私たちが飼育している黒眼白毛色のMitf変異体も、何もしないで見ているだけですと、難聴かどうか、なかなかわかりません。なお「珍翫鼠育艸」では、「黒眼の白鼠」は「大黒天の使いであり福徳にあふれている」と紹介されています。

 さて内耳以外の組織や臓器における機能ですが、メラニン色素がラジカルスカベンジャ―(遊離基捕捉剤)として機能することや、多くの化学物質と結合することから、メラノサイトの定着場所でのこれらの機能を議論する論文はあります。彼らがどこに定着し、何をしているのか、まだまだ解析が必要な課題と思います。その際には哺乳動物以外の動物において、彼らがどのようなところに分布しているか、考慮に入れるとよいかもしれません。例えばカエルでも様々な臓器でメラノフォアが見つかりますが、足の血管の周りにも多く分布していることに気づきます。「都市伝説」も興味深いところですが、このような彼らの実際の分布をみてその役割を想像するのも楽しいものです。
 なお、メラノサイトの発生や機能に関わる遺伝子は多く知られていますので、これら遺伝子群が、いわゆる「疾患」と関連する事例は多く知られています。

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