[第1シリーズ] 第1回

第1回「遺伝子による花の形づくり」Q & A

回答者:平野博之先生

【 質問1 】
 ABCモデルにおいてB遺伝子のみが発現することはありますか?
【 回答1 】
 クラスA遺伝子とクラスC遺伝子がともに機能を失った2重変異体では,クラスB遺伝子のみが発現していることになります。この2重変異体では,花の器官が,葉のような器官やよくわからない異常な器官に変化します。
【 質問2 】
 クラスC遺伝子の変異体は幹細胞の増殖を抑えることができないため二次花、三次花ができると知ったのですが、何次花までできますか。幹細胞が増殖し続けて大変なことになりそうなんですが、実際はどうなっているんでしょうか。
【 回答2 】
 クラスC遺伝子の変異体の花は,原理的には幹細胞を作り続ける潜在的能力をもっています。しかし,外側から花の器官が作られていくため,内部になるほど,空間が狭くなってしまい,幹細胞の増殖や花の器官をつくる制約が生じます。ですから,何次花までできるかはランダムで,内部にできる花の数は決まっていません。植物の種類だけでなく,同じ植物でも生育条件などによっても異なります。私はこの夏にアサガオのクラスC遺伝子の変異体の花を観察しましたが,1つの個体の中の花でさえ,内部の花の数は異なっていました。
【 質問3 】
 説明いただいたABC遺伝子の各塩基配列は特定されていますか?

小質問1:
(塩基配列が特定されている場合)植物の種によって各遺伝子の塩基配列は異なりますか?
小質問2:
(塩基配列は種によりことなる場合)各遺伝子により生成されるたんぱく質の構造や性質は類似していますか?
【 回答3 】
 ABC遺伝子の塩基配列は,すべて決定されています。
 シロイヌナズナのABC遺伝子は全部で5つあります。クラスAとクラスBには2個ずつ,クラスCには1個の遺伝子があります。このうち,4つの遺伝子は,アミノ酸配列が比較的よく似たタンパク質をつくる情報をもっています。この4つのタンパク質は構造も性質も類似しており,同じグループに属します。残る1つの遺伝子は,全く異なるグループのタンパク質つくる情報をもっています。
 しかし,どちらのグループのタンパク質も,他の遺伝子が働きだすためのスイッチを押すはたらきをする転写調節因子です。つまり,5つのABC遺伝子がつくるタンパク質は,分子レベルでは類似した機能をもっているのです。

小質問1について:
 同じ遺伝子であっても,植物の種によって,塩基配列少し異なります。したがって,タンパク質のアミノ酸配列も少し異なります。
小質問2について:
 塩基配列が少しだけ違う場合には,タンパク質の構造や機能には大きな影響はありません。
 ここで重要なことは,異なる植物の間で同じクラスの遺伝子同士を較べた場合,その塩基配列の違いは,同じ植物内で異なるクラスのABC遺伝子同士を較べた場合列の違いよりも小さいということです。例えば,シロイヌナズナとイネのクラスC遺伝子の間の塩基配列の違いは,シロイヌナズナのクラスB遺伝子とクラスC遺伝子の間の塩基配列の違いよりも,小さいのです。つまり,植物が違っても,はたらき(機能)が共通している遺伝子(タンパク質)同士は,塩基配列(アミノ酸配列)は良く似ているのです。
【 質問4 】
 今回の講義の内容に関して、

小質問1:
 ウォールというのは必ず4つなんでしょうか?
小質問2:
 それぞれのウォールは明瞭な境目があるものなのでしょうか?それともグラデーション的なものなんでしょうか?
小質問3:
 ツユクサや蘭などのように、花の形が上下対称でない植物の花の形態形成にも興味があります。
【 回答4 】
小質問1について:
 普通,ウォールの数は4つです。ただ,例外もあります。例えば,イネの花にはガク片がありませんので,ウォールの数は3つということになります。
小質問2について:
 ウォールというのは,花器官をつくる遺伝子の作用を表すために,科学者が考えた仮想上の領域です。花が作られる時に,実際に存在するわけではなく,眼や顕微鏡で見えるわけではありません。
 花の器官は花メリステムで作られ,ABC遺伝子はそのメリステムの細胞で発現しています。そのメリステムの細胞で遺伝子が働いている領域とウォールという概念がよく一致しているというのが,講演の内容です。
小質問3について:
 これは,科学的な良い疑問ですね。
 花が非対称に見えるのは,花弁の大きさが異なることが主な原因です。花の対称性は,ABCモデルとは別のメカニズムで制御されています。
 シロイヌナズナのような対称的な花が基本で,これに花弁の大きさを制御する遺伝子が働いて,上下非対称(正確に言うと左右相称)の花が作られています。この左右相称に関わる遺伝子は,キンギョソウを用いてよく研究されていて,遺伝子の性質や働きがよくわかっています。マメ科やアブラナ科の左右相称の花が作られるときも,キンギョソウの遺伝子と同じ遺伝子が働いています。ツユクサやランについての研究はありませんが,今後の研究が楽しみです。
【 質問5 】
 ABCモデルに関する遺伝子の変異体は、種を得て維持することが難しいと思うのですがどのように系統を維持しているのでしょうか。ヘテロで保っているのでしょうか。
【 回答5 】
 このような疑問をもち,さらにその疑問に答えようと自分で考えること,素晴らしい科学的な態度だと思います。
 答えは,「そのとおり」です。
 質問された方は良くわかっていると思いますが,他の方のために少し説明しておきましょう。普通の細胞(体細胞)は,メシベとオシベ由来(母親と父親由来)の2つの対立遺伝子をもっています。正常な対立遺伝子と機能を失った対立遺伝子(変異遺伝子)をそれぞれ1つずつもっている状態を「ヘテロ」と言います。このヘテロの植物が自家受粉すると,1/4の確率で2つの変異遺伝子をもつようになります。これが変異体です(メンデルの分離の法則で,正常:異常が3:1になる)。
 メシベやオシベが正常につられない花の変異体では,子どもを作ることはできません。ヘテロの個体は変異遺伝子を1つもっていますが,正常な花をつくり,種子を生じることができます。その種子を播けば,1/4の確率で花の変異体を育てることができるのです。また,2/4がヘテロの遺伝子型をもつ個体になります。このヘテロの個体(親または兄弟)に生じた種子を保存しておけば,いつでも変異体を得ることができます。
 このようにして,ヘテロを利用して,変異体を維持しているのです。
【 質問6 】
 遺伝子関係について詳しくないため拙い質問失礼いたします。
アサガオは奇形で特に有名ではないかな、と思うのですが、変異が起こりやすい植物はあるのでしょうか。またあるのであればその条件などはあるのでしょうか。
【 回答6 】
 アサガオが奇形で有名なのは,江戸時代から,奇形のアサガオが収集・栽培されて,そのコレクションが現在まで保存されているからです。
 他の植物にも奇形はある一定の頻度で出てきます。ただ,奇形の植物は,自然界では子孫を残せなかったり,生存競争に負けたりして,後代に残らないため,私たちの目にふれることは少ないのです。
 奇形は,突然変異により,特定の遺伝子が機能を失ったことにより生じます。【質問5】でお答えしたように両親からもらう2つの(対立)遺伝子のうち一方が正常で,一方が突然変異を受けていた場合(ヘテロの状態)には,奇形はでません。両方の対立遺伝子にともに変異があると,奇形になります。奇形の花は子孫を残すことはできません。
 アサガオの場合も同様です。江戸時代のアサガオ好きの園芸家は,ヘテロのアサガオについた種子を保存し,それを播いて,子どもの中に奇形が現れるのを楽しんでいたのです(遺伝学的には,1/4の確率で奇形が現れます)。つまり,奇形を保つには,人間の努力が必要なのです。ですから,アサガオに奇形が多いは,江戸時代以来の園芸文化の名残りと言うことができるかも知れません。歴史あるアサガオの変異系統は,ナショナルバイオリソースプロジェクトのもと,九州大学の仁田坂英二准教授の研究室で保存されています。
 一方,アサガオに変異が起こりやすいと言う理由もあります。それは,アサガオには,トランスポゾンという「動く遺伝子」があるからです。トランスポゾンはゲノム上のある位置から他の位置に移動することが可能です。もし,トランスポゾンが花を作る遺伝子の中に移動すると,その遺伝子は機能を失ってしまいます。トランスポゾンが比較的よく動く植物は,普通の植物の突然変異がおこる確率より,高い頻度で奇形が生じることになります。アサガオの花や葉の奇形も,トランスポゾンによって引き起こされている場合がかなりあります。
 トランスポゾンがよく動く植物としては,アサガオの他にキンギョソウやトウモロコシなどがあります。今回の講演で紹介したキンギョソウの花の変異体も,トランスポゾンによって引き起こされています。トランスポゾンによって機能を失った遺伝子は,DNAとしてクローニングすることが比較的容易です。キンギョソウやトウモロコシにはこの利点があるため,基礎的な植物学の遺伝子研究にもよく用いられています。
【 質問7 】
 今回の花の形づくりに関係する遺伝子は品種改良等に活用されていますか。活用されていれば、その事例を教えてください。
【 回答7 】
 花の品種改良は,きれいな色の花や整った形の花を作ることが目的です。ABC遺伝子の変異体は,花器官が欠損した,いわば奇形の花ですので,商品価値のある花の品種改良には,あまり活用されていないと思います。
【 質問8 】
 花の発生メカニズムで、受粉した後、種子が出来ますが、このとき葉緑体は受精卵とは別に種子の中に作られますか? それとも受精卵の分化していく段階で葉緑体は作られていきますか?
【 回答8 】
 葉緑体は,葉では緑色をしていて光合成を行いますが,細胞によって,色や形,性質が変化します。たとえば,デンプンをためる「アミロプラスト」や果実の色のもととなる「有色体」など,すべて,葉緑体の仲間です。これらを総称して,色素体といいます。
 正確にお答えするため,これからは,色素体という名称で解説します。
 色素体は,無から作られることはなく,分裂によって増えていきます。そして,細胞によって,その色や性質が変化し,葉緑体やアミロプラスト,有色体になるのです。
 受精によって生じた受精卵にも,色素体が含まれています。受精卵は,メシベの中の卵細胞とオシベで作られる花粉の中の精細胞が合体することにより作られますが,色素体をもっているのは卵細胞だけです。ですから,受精卵の色素体は卵細胞に由来します。受精卵が分裂して細胞をふやして,胚(次世代の植物の非常に小さな状態)へと分化するときに,色素体も分裂しながら,胚の各細胞に分配されていきます。
 胚が完成すると,胚乳などとともに種子が作られます。種子が発芽し太陽の光を受けるようになると,胚の一部が成長した子葉の細胞の中で,色素体が変化し,光合成をする葉緑体になるのです。
【 質問9 】
 なぜ単子葉植物と被子植物にわかれているのか。
【 回答9 】
 まず,植物は大まかにどのように分けられているのかということから,お話しましょう。
 生物学的立場から簡単に言うと,植物は,大きく,藻類,コケ類,シダ類,種子植物などに分けられています。ワカメやコンブなどの藻類も植物なのです。コケ植物やシダ植物は胞子によって増えますが,種子によって子孫を増やすのが種子植物です。種子植物は,イチョウやマツなどの裸子植物とバラやキク,チューリップなどの被子植物に分けられます。このうち,花をつくるのは被子植物で,現在地球上に27万種も存在し,地球上で最も反映している植物です。
 多くの方は,被子植物は双子葉植物と単子葉植物の2つのグループに分かれていると思われているかも知れません。しかし,現在の分類学では,この考えは間違っており,双子葉植物としてひとまとまりにするグループはないことになっています。この意外な事実は,DNAの塩基配列を元にした,分子系統学の研究からもたらされた,最近の知見です(と言っても,30年近く前からですが)。
 一方,単子葉植物はひとまとまりのグループになります。また,真正双子葉植物という大きなグループがあり,この中に,キクやバラ,アブラナなど,以前,双子葉植物と言われていたほとんどの植物が含まれます。この真正双子葉植物と単子葉植物は,兄弟の関係になります。この2つのグループの植物で,被子植物のほとんどを占めます。このほかにごくわずかですが,スイレンなどの原始的な植物が,被子植物に含まれています。
 質問に戻りますが,植物の分類方法からいうと,植物は「単子葉植物と被子植物にわかれている」わけではなく,上記の説明のように分類されています。
 それでは,なぜ,地球上には多様な植物があり,その植物は大きなグループに分かれ,そのグループはさらに小さなグループに分かれているのでしょうか?それは,数億年にわたる進化の結果です。
 すべての被子植物は共通の祖先から進化してきました。まず,スイレンなどの原始的な植物が出現します。そのうちのある植物を起源にして,真正双子葉植物と単子葉植物のそれぞれの祖先が現れ,数多くの多様な植物からなる2つのグループに分かれます。真正双子葉植物は大きくキクの仲間とバラの仲間という2つのグループにわかれますが,この2つのグループもそれぞれの共通祖先から進化してきたものです。さらに,進化が進むことにより,現在見られるような27万種にものぼる多様な被子植物になるのです。
 「なぜ分かれているのか?」と言う質問には,多様な植物が存在するのは進化の結果であり,グループに分かれているのは共通の祖先をもった植物同士であるとお答えしておきましょう。
【 質問10 】
 花を咲かそうとする(生命を維持しようとする)力はどこからくるのか?
【 回答10 】
 生命を維持しようとしたり,花を咲かそうとしたりする「神秘的な力」というものはありません。生命活動は,細胞内のタンパク質のさまざまなはたらきによって,成し遂げられています。そのタンパク質をつくるための設計図が遺伝子です。ですから,生命活動のもとは,遺伝子の本体であるDNAに塩基配列として書き込まれていると言ってよいと思います。
 植物が生命活動を行うためのエネルギーは,太陽の光を利用する光合成によって生み出されます。「力」をエネルギーと言い換えるなら,生命活動のもととなるエネルギーは,太陽の光エネルギーということになります。
【 質問11 】
 平野先生が、ABCモデルとイネの関係について研究しようと思ったきっかけや動機を教えてください。
【 回答11 】
 私はもともと,遺伝子の作用による生物の形づくり(発生学)に興味をもっていました。ただ,研究者として出発したころは,発生学ではなく,コメの品質を決定する遺伝子の研究を行っていました。専門分野ではありませんでしたが,ABCモデルの論文を読んだとき,その明解でシンプルな花の形づくりのメカニズムに魅了されました。
 その後,助教授として東京大学に採用されたとき,その研究室の教授が形づくりが異常となったイネの変異体をたくさんもっていました。その頃は,シロイヌナズナで分子レベルの花の発生研究が進んでいましたが,単子葉植物の花の発生については全く解っていませんでした。そこで,イネの花の変異体を活用して,単子葉植物の花の発生メカニズムを解明したいと考えたのです。
 単子葉類なら,ランやユリなど,きれいな花の研究をすれば良いと思う方もいるかもしれません。しかし,これらの植物は,遺伝学や分子生物学的の研究には向いていないのです。イネは,遺伝学的な研究に適していますし,遺伝子クローニングの道具立てがそろいつつあり,分子生物学的な研究も進めやすいのです。これらが,私がイネの花の発生研究へと入っていった,動機と理由です。
 イネの花は,花弁がなくて地味ですが,私はとても美しい花だと思っています。
【 質問12 】
 遺伝子の作用について大変わかりやすく、有り難うございました。実際にはそれぞれの遺伝子の発現するDNAを特定する必要があると思いますが、この辺のリンクをどのようにしているのかご説明頂けると有りがたいです。
【 回答12 】
 質問の意図がやや分かりにくいのですが,「DNAを特定」というのは,目的の遺伝子のゲノム上の場所を特定する方法やクローニングする方法について,質問されているのでしょうか?もしそうでしたら,この質問への回答には,大学で学ぶ生物学の専門的知識が必要ですので,簡単にはお答えできません。
 大まかに言うと、変異体と正常個体の交配を繰り返して、DNAマーカーと呼ばれるゲノム上の番地を頼りに場所を絞り込んでゆく方法(ポジショナルクローニング法)、人工的にゲノムにDNA断片を導入して変異を起こし、その中から目的の性質を示す個体について導入したDNA断片を頼りに挿入場所を探し出す方法(T-DNAタギング法)、変異体と正常個体の間で転写産物(mRNA)の量が変化したものを単理する方法(ディフェレンシャルスクリーニング法)など複数の方法を状況によって使い分けています。
【 質問13 】
 実際に分子レベルで観察や解析をする際にどのような機器や設備を使っているのですか。
【 回答13 】
 このご質問にも,専門的知識が必要ですね。わかりやすいところだけ説明します。
 観察には,いろいろな顕微鏡を用います。中学や高校などで用いる光学顕微鏡も使いますが,研究では,微細な違いもよくわかるような高解像度の光学顕微鏡を使います。もちろん,光学顕微鏡では分子を見ることはできません。mRNAやタンパク質を検出するためには,分子生物学的な特殊な実験を行ったあとで,その試料を顕微鏡で観察することになります。また,蛍光を検出する特殊な顕微鏡や非常に小さなもの(1mmの数百分の一程度)を観察するための電子顕微鏡などもよく使います。
 DNAを解析するための機器には,電気泳動装置,遠心分離機,PCR増幅装置やシーケンサー(塩基配列を決定する装置)などがあります。
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