テーマ 6遺伝子は実在します

ユーゴー・ド・フリース カール・コレンス エーリヒ・フォン・チェルマク-セイセニック ロバート・フック テオドール・シュワン ユーゴー・ド・フリースカール・コレンス、そしてエーリヒ・フォン・チェルマク-セイセニックは、1900年にメンデルの法則を再発見した3人の科学者でした。彼らは皆、異なる植物の雑種を使ってそれぞれ独立に研究し、遺伝についてメンデルと同じ結論に辿り着きました。ロバート・フックは細胞について述べた最初の科学者のひとりでした。テオドール・シュワンは、細胞を生命の単位として再定義しました。

ユーゴー・ド・フリース(1848-1935)


ユーゴー・ド・フリース

 ユーゴー・ド・フリースはオランダのハールレムに生まれました。1880年に植物を使って遺伝の実験を始めた時にはすでにアムステルダム大学の植物学の教授でした。彼はメンデルの研究を知らずに、雑種形成の実験のほとんどを終わらせました。ド・フリースは、彼自身の結果から、メンデルと同じ結論を導き出しました。ド・フリースは彼の研究を1900年に最初はフランス語で、次にドイツ語で発表しました。フランス語の報告ではメンデルについては何も述べられていませんでした。しかし、ドイツ語での報告はド・フリースによって修正されていました。ド・フリースは発表前にメンデルの論文を読んだ可能性があります。そこで、他の人もメンデルの研究を知っていたと気付いたド・フリースは、後から印刷した報告書にメンデルの名前を加えたのでした。

 ド・フリースは自分の結論はメンデルより優れていると考えたのかもしれません。ド・フリースはまた、不連続な多様性に関する強い提唱者でもありました。ド・フリースは、種の形質が、突然大きく変化することで、新しい種に進化すると信じていました。この“突然変異の理論”はオオマツヨイグサ[Oenothera lamarckiana]を使った研究が元になっていました。彼は、植物から時折、葉の形や背の高さなどの表現型が著しく異なる個体ができることを観察していました。そのいくつかは、その子孫に新しい“変異(突然変異)”を伝えたことでしょう。ド・フリースはこれが新しい種になると考えました。

 今では、ド・フリースの考え方は正しかったけれども、理由づけは間違っていたと考えられています。ド・フリースがオオマツヨイグサから単離したほとんどの変異体は、染色体の分離異常によるもので、特定の遺伝子の変異に関連した突然変異ではありませんでした。

factoid Did you know ?

テオドール・シュワンは、卵や卵子は細胞だと認識していました。1841年に、精子は精巣細胞からできることから、細胞に分類しました。

Hmmm...

現存する1個の細胞として、最も大きなものはなんでしょう?