テーマ 14メンデル遺伝学だけではヒトの健康や行動を説明できません

チャールズ·ダベンポートが、タラソフィリア(海への愛)にメンデルの法則を適用します。

私はチャールズ・ダベンポートです。私はコールド・スプリング・ハーバーの実験進化研究所の所長でした。そして私は1910年に優生記録局(ERO) を創設しました。 EROで、私たちはヒトの遺伝子を追跡するためのデータ収集をするように、現場の職員を訓練しました。私たちはヒトの全ての形質は、行動でさえ、遺伝子のメンデル遺伝によって決まると考えていました。 第一次世界大戦は、大きな近代の戦争には何千人もの市民を海軍に徴兵する必要があることを私たちに示しました。私は 1919年に、海軍兵士: “新入兵士の適性を試すよりよい方法”としての遺伝と育成、という研究論文を発表しました。 私は有名な海軍士官68人を形質と家系の調査対象にしたのですが、その中にデヴィッド・ファラガット大将を含めたのは自然なことでした。誰が有名な1864年の号令、”機雷がなんだ!全速前進“を知らないというのでしょう。 ファラガット大将はこの言葉を、旗艦ハートフォードの帆柱に体をロープで巻きつけながら叫びました。ファラガット大将は、モービル湾内に北軍の艦隊が近づくのを阻止している、広大な機雷原を突っ切って直進するように命令しました。 私は、他の“戦士”であった艦長と同様、ファラガット大将の“闘争能力”は神経の活動過剰によるものだと結論づけました。彼の子どものころからの夢は、海と冒険への愛として現れました。 彼の家系図を示して、何人かの彼の近い親戚についてお話しましょう。ファラガット大将は水色で強調されています。黒い四角は高い地位の海軍将校を示します。 [デヴィッド・ファラガット大将] 見てください。彼の父親と弟は下級仕官なので、四角が半分だけ黒くなっています。 恐れ知らずなところもまた、家族の形質でした。(点で示しています。) 父親のジョージは、19世紀の始めの頃、ミシシッピ川で小型砲艦の艦長をしていました。1812年の戦争では、アンドリュー・ジャクソン大将と共にフロリダのインディアン戦争に参加しました。彼の“もっとも大胆な活動“は、ニューオーリンズからハバナまでカヌーで渡ったことでした。 ファラガット大将の母親のエリザベスは、ある時、インディアンの突撃部隊を、斧を片手に退けました。 弟のウィリアムは海軍の下級仕官で、西インド諸島の海賊に対抗して、兄のデヴィッドの航海に加わりました。 弟のジョージは10歳のとき、ボートから転落して溺死し、突如として海軍兵士になる可能性を奪われました。 ファラガット大将のただ一人の息子、ローアルは10代で、南北戦争でのファラガット大将のフロリダ戦線に加わりました。ローアルは、家族の形質である、恐れ知らずな形質を発揮しました。旗艦ハートフォードが南部連合の砲兵隊による激しい攻撃の中ハドソン湾を通過している間、ローアルは頑として甲板から離れようとしませんでした。 研究を通して、私は、タラソフィリア、つまり“海への愛”は海軍兵士に共通に見られる主要な形質であると結論づけました。この形質は男性だけにみられたので、私は、タラソフィリアはX連鎖の劣性の形質だと判断しました。私は、この事実は性によるバイアスによっても説明できると考えました。当時、女性は船には乗客として乗ることしか許されていなかったからです。 私はまた研究の対象となった多くの男性は、彼らがボートや船で旅をする男たちに囲まれて育ったために、海を愛するようになった可能性もあるだろうと考えました。ファラガット大将自身もおそらく、海軍司令官デヴィッド・ポーターの養子になったことで影響を受けたでしょう。

factoid Did you know ?

優生記録局のリストにあった形質のひとつに“貧困”、貧乏になりやすさがありました。

Hmmm...

どれだけ多くのヒトの形質が遺伝要因から決められるのでしょう?