シロイヌナズナの全ゲノム完全解読

2000/12/13

研究開発
1996年から日欧米の研究機関の国際共同プロジェクトとして進めていたシロイヌナズナの全ゲノムの完全解読(全塩基配列の完全決定)が完了しました。これは世界初の植物の全ゲノム構造解析の成果です。詳しい内容はNature誌12月14日号に掲載され、本発表と同様な発表はワシントンDC(ナショナル・プレス・センター)、ロンドン及びベルギーのブラッセルで同時に行われました。
その理由として、シロイヌナズナは、(1)世代時間が1~2ヶ月と短く、変異株が多く作られており、またDNAの導入が容易で、遺伝解析の材料としてきわめて適していること。(2)小型で栽培が容易であるため、実験室内で多数の植物体を観察することができることがあげられます。更にゲノム解析の点から見ると、ゲノムの大きさが既知の植物ゲノムの中でもっとも小さく(125メガ塩基対、イネの約3.5分の1)、従って不用な部分(ジャンクDNA)が少なく、ゲノム中に遺伝子がコンパクトに並んで存在しています。
nature Vol No.408
nature Vol No.408,
cover,2000/12/14
www.nature.com

シロイヌナズナ

これらの点を踏まえて植物の生物学ひいては農作物の品種改良のモデル植物としての重要性が認識され、シロイヌナズナ全ゲノム解読に向けた国際共同プロジェクトが、1996年8月にArabidopsis Genome Initiative(AGI)として正式にスタートしました。

参加グループは、日本からかずさDNA研究所、ヨーロッパから2グループ、アメリカ合衆国から3グループの計6グループでした。これらの中、かずさDNA研究所以外は全て各国政府の援助によって行われていました。当初目標は2004年終了であったが、解析技術の進歩などによって、約半分の期間(4年)で完了しました。決定した領域は、125メガ(1億2,500万)塩基対のうち、遺伝子が存在しない繰り返し配列のみから構成される一部領域を除いた約115メガ塩基対であり、解析した領域に全ての遺伝子は含まれていると考えています。

データの精度は99.99%~99.999%(1万塩基対から10万塩基対に1塩基の間違い)と非常に高いものです。これにより当然遺伝子同定の確度が極めて高くなっています。かずさDNA研究所は、3番染色体の約40%、5番染色体の約70%を分担し、総解析塩基数は27.6メガ塩基対、全体の約4分の1の塩基配列の決定を行いました。完全解読の結果、シロイヌナズナのゲノムには25,498個の遺伝子があることが判明しました(ヒトの場合は、現在のところ遺伝子数全く不明。)

ゲノム解析の結果、シロイヌナズナ・ゲノムの特徴として他にいくつかの重要な知見が得られました。

  • ゲノム上の20数ヶ所でおおきな染色体重複が見られた。植物ゲノムの進化の跡であると考えられる。
  • 4000以上の遺伝子が縦列に重複して存在することがわかった。遺伝子進化の過程を示すと考えられる。
  • 細胞内小器官(葉緑体とミトコンドリア)のゲノムの一部が、各ゲノムに挿入されていた。これは、細胞内でゲノム間のDNAのやり取りがあることを示す証拠である。
  • ラン藻の遺伝子と高い類似性を示す遺伝子が多数存在した。これはラン藻の祖先が共生し葉緑体へと進化していく過程で、ラン藻の遺伝子が植物の核に移行したことを示す証拠である。
  • 遺伝子は、4.5キロ塩基対に一個の割合で存在する。高等生物としては、遺伝子密度が高い。
  • ヒトの疾病遺伝子と似た構造をもった遺伝子が40個近く見出された。植物での機能は不明である。
  • 200個以上の耐病性遺伝子が見つかった。

シロイヌナズナ・ゲノムの全構造が解読されたことによって、次のような意義が改めて強調されます。
植物は、周知のように主に光合成の働きを通して、食糧生産、大気環境、物質生産など多くの面で人類を含めた地球上のあらゆる生命の存在そのものに欠くことの出来ない役割を果たしている。シロイヌナズナは、生長、開花、栄養要求、耐病、耐害虫性などに関する遺伝子がイネ、小麦、ダイズなどの農業植物と共通しており、実際、開花を司るシロイヌナズナの遺伝子をポプラに導入して、開花時期を大幅に(6年より6ヶ月に)短縮した実例もある。又、シロイヌナズナの遺伝子を利用して、イネ、小麦、ダイズなどの農業植物から有用遺伝子を効率良く探し出すことも可能となった。このようにシロイヌナズナのDNA研究で得られた成果は、他の農作物など産業植物に直接応用することが期待できる。特に、耐病性、耐害虫性、干ばつや塩害に耐性を与える遺伝子など、農業上有用な遺伝子の探索が既に公的機関のみならず、私的企業でも世界的に活発化しており、これらを利用した新たな品種作物の動きも加速すると考えられる。また、早く成育し、より沢山の、より大きな作物を実らせることも近い将来、実現するであろう。

これらのことは、地球上の急速な人口増加に伴って、近い将来必ず起こる世界的な食糧危機への有力な切り札となり得ると考えられるゆえに各国が巨額の研究資金を投じて来た。学問的には、このゲノム解析によって得られた情報は、25万種類に及ぶとされる他の植物種を包括的に理解するための手かがりになることは勿論、シロイヌナズナのDNA配列情報を基に、他のあらゆる植物の遺伝学、生理学などが活性化されることが期待される。また、シロイヌナズナで同定された遺伝子の中には、ヒトの病気に関係すると判断されている遺伝子と類似したものも見つかっているのは興味深い。

このような意義ある国際共同プロジェクトに、千葉県という一地方公共団体ながら我々の研究所が日本を代表して参加し、重要な貢献ができたことは、我々としても正直にうれしくかつ誇りに思います。また、DNA研究所という研究所発足当時あまり注目されなかった研究を、千葉県がかずさ地域の中核研究機関として取り上げた先見の明にも高い評価が与えられるべきであろう。研究活動に対して、既に1998年にアメリカ合衆国国立科学財団(NSF)から基礎科学への貢献として、千葉県に対して我が国で初めての感謝状が贈られています。更に、今回の成功の最大の要因は千葉県が我々の研究のテーマ、研究のやり方、研究員、技術員人事の柔軟な対応など一切について我々研究者を信頼し、任せてくれたことがあげられよう。また、高浪満前所長(京都大学名誉教授)指導の下にゲノム研究に最も合致した独自の研究員、技術員による研究遂行体制が作り上げられ、かつ、これらの人々の並々ならぬ努力によるところも今回の成功につながったと思われます。

かずさDNA研究所では、これまでも高浪前所長の下で光合成生物としては世界で初めて、ラン藻の全ゲノム解読(1996)でこの分野の研究に貢献してきましたが、今回、シロイヌナズナ・ゲノムの解析を成し遂げたことによって、更に「かずさ」ひいては千葉県の国際的知名度をあげることができたと考えています。既に多くのバイオベンチャーがかずさ地域に結集しつつありますが、今後更に、ゲノム研究を中心とする先端バイオの拠点として「かずさ」の学術的、産業的求心力がさらに高まることが期待されます。また、国の支援を一切仰がない研究のやり方に一石を投じたともいえます。今後のより具体的な計画として農業試験場などと協力して農業県でもある千葉県民のいままでの支援に応えていきたいと考えます。

また、数日中に豆科植物の根に共生し空中窒素の固定をする根粒菌の世界で初めての全ゲノムの完全解読も発表する予定です。これはわれわれが単独で行ったものであるが将来の窒素肥料が少なくてすみ環境への負担が少ない一般農業生物の作成に未知を開くかもしれない。

シロイヌナズナの全ゲノム完全解読
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