植物による物質生産技術の開発に向けて
 ~植物への長大な繰り返し合成DNAの導入に成功~

2022/2/25

研究開発

人類は、温室効果ガス排出による地球温暖化や、石油などの天然資源の枯渇などの危機に直面しています。これを乗り越える方法のひとつとして、バイオテクノロジーの力で植物に様々な工業原材料や医薬品原材料を大量生産させる技術が注目されています。目的化合物の合成経路を構成する一連の遺伝子を植物に入れて、自然界の二酸化炭素と水と太陽光を資源とした物質生産でカーボンニュートラルを実現しようというものです。

しかしそこには技術的課題が存在していました。植物に合成経路を構成する多種類の遺伝子を入れても、それらの一部しか十分に働かなかったり、最初は予定どおり働いていても、しばらくすると働きが抑えられてしまったりなど、植物特有の問題があるのです。

それら問題の原因究明の糸口として、導入されたDNAの状態*1が植物の中でどのように変化するのか、またどうすれば人為的に望ましい状態にできるのかなどを調べるシステムの構築が必要です。

一方、動物では細胞の中に入れたDNAの状態を調べて、それを人為的に変化させる研究が進んでいます。かずさDNA研究所の染色体工学研究室*2では長大な繰り返し配列のDNAを利用して動物細胞でその研究を進めてきました*3。しかし植物に長大な繰り返し配列を無傷で導入できた例はこれまでにありません。

動物細胞で培ったノウハウを活かし、今回6万塩基対という長い繰り返し配列に3個のマーカー遺伝子*4を挿入した遺伝子発現カセット*5をタバコ培養細胞に入れました。そして長大な繰り返し配列が無傷であること、カセット内遺伝子が十分機能していること、動物細胞で用いてきたDNAの状態を調べる方法がこのカセットに有効であることなどを確認しました。植物に入れたDNAの状態を操作し、植物で外来遺伝子を働かせる技術的問題を解決するという長い道程の一歩となりました。

研究成果は国際学術雑誌 Plant Biotechonogy において、2月18日にオンライン公開されました。(東北大学と共同研究、NEDOプロジェクト)

論文タイトル:Introduction of a long synthetic repetitive DNA sequence into cultured tobacco cells.
著者:Junichirou Ohzeki, Kazuto Kugou, Koichiro Otake, Koei Okazaki, Seiji Takahashi, Daisuke Shibata, and Hiroshi Masumoto
掲載誌:Plant Biotechnology
DOI:10.5511/plantbiotechnology.21.1210a

*1DNAはヒストンと呼ばれるタンパク質に巻き付いて、クロマチンと呼ばれる状態で存在しています。ヒストンの修飾(メチル基やアセチル基の付加など)やヒストンの種類が置き換わるなどで、広い領域に亘って遺伝子発現の状態が変化します。またその状態は分裂増殖した細胞にも引き継がれます。
*2https://www.kazusa.or.jp/laboratories/advanced-department/chromosome-lab/
*3ヒトのセントロメア(細胞分裂において染色体が娘細胞に分配されるとき、牽引する紡錘糸が結合する部分)は長大な繰り返し配列になっています。その領域のヒストン状態の動的維持は染色体分配に重要ですが、その人為的制御を、合成DNAで作成した人工染色体を使って行ってきました。
*4働いていることが簡単に分かるマーカー(目印)となる遺伝子。ここでは抗生物質耐性の遺伝子(NptII)、光るタンパク質の遺伝子(EYFP)、発色剤で遺伝子発現の強弱を測れる遺伝子(GUS)の3種類を使いました。
*5いろいろな遺伝子を生物に入れるのに便利なDNA配列の枠をカセットと呼びます。ここではアグロバクテリウムという細菌が植物に感染してDNAを植物細胞に送り込む性質を利用していますが、その送り込まれるDNAの中に目的のDNAを組み込めるようにカセットを設計しました。

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