脂肪酸代謝経路が免疫細胞の形成に重要な役割を果たすことを発見
2024/1/10
研究開発免疫細胞は、コロナウイルスをはじめとする感染症で、病原体から生体を防御するのに非常に重要な役割を果たしています。
最近の研究から、免疫細胞は、細胞内のエネルギーを積極的に生産して細胞の遊走・増殖・活性化を制御することによって、
病原体を排除していることがわかってきました。
免疫細胞の一種であるiNKT細胞は、ウイルス、細菌、寄生虫などの幅広い病原体の排除に関わり、また、がん細胞も効率的に排
除することから、大きな注目を集めています。しかし、iNKT細胞が作られる仕組みは不明な点が多く、特に細胞内のエネルギー
代謝がiNKT細胞の形成にどのように関わっているのかは謎でした。
そこで私たちは、遺伝子改変マウスや単一細胞遺伝子解析など先端的な技術を組み合わせ、免疫細胞が形成される胸腺に注目して
iNKT細胞の形成メカニズムの探索を行いました。その結果、胸腺でのiNKT細胞の形成には、細胞内のエネルギー産生経路の一種
である脂肪酸代謝経路が不可欠であることが新たにわかりました。
将来、本研究の成果を発展させることによって、脂質代謝を制御することで胸腺内で正常なiNKT細胞を作らせることができるよ
うになり、その結果、感染症やがん疾患など様々な病気の治療法の確立に貢献することが期待されます。
研究成果は、2023年12月2日に国際学術雑誌「International Immunology」に公開されました。
論文タイトル:ACC1-mediated fatty acid biosynthesis intrinsically controls thymic iNKT cell development
著者:Toshio Kanno, Keisuke Miyako, Takeru Endo, Satoru Yokoyama, Hikari K Asou, Kazuko Yamada, Osamu Ohara, Toshinori Nakayama, Motoko Y Kimura, Yusuke Endo
掲載誌:International Immunology
Doi: 10.1093/intimm/dxad049
本研究は (公財)かずさDNA研究所研究補助金、JSPS 科研費(18H04665、#23H04794、#20H03455、 #20K21618、#21K15476、#23K14552)、AMED(Jp18gm1210003、JP22gm1810002)の研究助成を受けたものです。
<詳細>
私たちは、今回、脂肪酸合成の律速酵素ACC1 (Acetyl-CoA carboxylase 1)の機能を欠損した遺伝子改変マウスを解析することで、ACC1欠損マウスの胸腺・脾臓では、多様な免疫細胞の中でも、iNKT細胞の数が劇的に減少することを発見しました。 iNKT細胞の成熟過程のいずれのタイミングでACC1が必要であるかを検証するため、複数の遺伝子改変マウスを解析しました。その結果、iNKT細胞は、ACC1の欠損によって、T細胞が形成されるような細胞の成熟後期の段階でも細胞の数が減少することがわかりました。さらに、もっと早い段階からiNKT細胞のACC1を欠損すると、iNKT細胞がほとんど形成されなくなりました。 そこで、単一細胞遺伝子解析を行ったところ、ACC1を欠損したiNKT細胞では、ACC1を含む様々な脂質代謝遺伝子やアポトーシスの制御遺伝子の発現様式に異常が生じていることがわかりました。また、細胞の機能解析実験により、ACC1を欠損したiNKT細胞ではミトコンドリアの膜電位異常や活性化酸素の蓄積、ATP合成能力の低下が認められました。
本研究によって、iNKT細胞の胸腺内での形成には脂肪酸代謝経路が不可欠であることがわかりました。胸腺内ではiNKT細胞を含めて様々な免疫細胞が形成されるため、本研究は、脂質代謝経路を基盤とする胸腺免疫細胞の形成機構の解明の糸口になることが期待されます。また、iNKT細胞は感染症やがん疾患などの幅広い病態に関与します。本研究の発展により、脂質代謝を制御することで、胸腺内で正常なiNKT細胞の形成が可能になることが期待されます。それにより、脂肪酸代謝を介して、iNKT細胞依存的に様々な病態のコントロールをできるようになることが考えられます。
<専門用語とその解説>
リンパ球: 免疫反応や病原体への対応に関与する細胞集団(T細胞、B細胞、iNKT細胞など)の総称。
胸腺: 免疫システムの一部であり、T細胞やiNKT細胞の成熟と活性化に関与する。
脾臓: 血液ろ過と免疫応答に関与する臓器で、老化した赤血球の除去や免疫細胞の活性化などを担当する。
遺伝子改変マウス: 特定の遺伝子の機能や影響を研究するために、遺伝子の配列を変更して作られたマウス。
単一細胞遺伝子解析: 一つ一つの細胞から遺伝子情報を読み取る技術で個々の細胞の遺伝子活性や特性を理解するのに使われる。
ミトコンドリア: 細胞内にあるエネルギーを生産する部分でATPと呼ばれるエネルギーの供給源を生み出す重要な役割を果たす。
活性酸素: 細胞内で生成される酸化物質で、過剰に生成されると細胞に損傷を与える可能性がある。
ATP: 細胞内エネルギーの基本的な形で、細胞内での各種生化学反応や運動などの生命活動にエネルギーを供給する。
NKT細胞: 免疫系に属する特殊な細胞で、T細胞と自然殺傷細胞の性質を併せ持ち、感染症防御や腫瘍排除などに関与する。