かずさ・千葉エリア「平成23年度研究成果報告会」報告

日 時: 平成24年3月22日 (木) 13:30〜18:30
会 場: かずさアカデミアホール202会議室(かずさアカデミアパーク内)
参加者: 講演会  81名
懇談会  40名
 
基調講演: 「地域科学技術振興施策の現状と今後の方向性について」
文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域支援課
大学技術移転推進室長 橋爪 淳 様
 わが国の科学技術政策を巡る状況とわが国の国際競争力(IMD国際競争力ランキング)、第4期科学技術基本計画を中心にわが国の科学技術政策の概要、地域科学技術振興施策として地域イノベーション戦略支援プログラム、今後の地域科学技術振興策などが説明され、地域イノベーションシステムの構築に向けて地域の産学官連携のポイントおよび「かずさ千葉エリア」に今後充実が望まれる事項がアドバイスされた。
 
学術講演1: 「肺がんに対する免疫細胞治療の現状と将来展望」
千葉大学大学院医学研究院 免疫細胞医学 准教授 本橋 新一郎 様
 原発性肺癌は2009年には6万人以上が死亡し、癌死の中で1位を占めている。根治を目指した治療法は外科治療のみであるが、肺癌発見時に手術適応となるのは約3割に過ぎず、肺癌全体の5年生存率は25〜30%と言われている。切除不能進行期肺癌や肺癌術後再発の治療は抗癌剤治療が中心となるが、副作用は必発で時として重篤であるにもかかわらず完治は望めず、治療成績は未だ不良である。免疫細胞療法については、γδT細胞療法などが試みられているが、なかなか有用性を示すのは難しい状況にある。APC8015(Provenge)と呼ばれる治療的がんワクチンは、転移性前立腺癌患者の治療(ワクチン投与患者:25.9ヶ月、プラセボ投与患者:22ヶ月)において有効性が認められ、FDAの承認を取得している。NKT細胞は抗原提示細胞上のCD1d分子に提示された外来性抗原である糖脂質、α-ガラクトシルセラミド(α-GalCer)を認識し活性化する。活性化したNKT細胞は癌転移モデルにおいて強力な抗腫瘍効果を示すことから、ヒト担癌状態においても内在性NKT細胞の活性化により強力な抗腫瘍効果を発揮することが期待され、NKT細胞を標的とした免疫細胞治療の臨床試験を施行してきた。進行・再発非小細胞肺癌に対して内在性NKT細胞活性化を目指すα-GalCerパルス樹状細胞療法では安全性の確認とともに、治療後にPRは認められなかったもののNKT細胞特異的免疫反応の増強を認めた症例群が、認めなかった症例群と比べ有意に生存期間の延長を認めることを明らかにした。進行・再発非小細胞肺癌に対するα-GalCerパルス樹状細胞の静脈内投与は、2011年9月28日の高度医療評価会議において高度医療としての承認を受けた。高度医療の枠組みのもとで、2012年2月より千葉大学医学部附属病院にて臨床研究を開始している。さらに内在性NKT細胞のより強力な活性化を目指したα-GalCerパルス樹状細胞の気管支鏡下所属リンパ節内投与および腫瘍内投与の臨床研究を行っている。得られた安全性データとともに抗腫瘍効果(PRを含む)を認めている。腫瘍近傍にNKT細胞の集積を認めており、このことが腫瘍縮小を認めなくても生存期間延長に繋がっている可能性を示唆した。
 
学術講演2: 「ヒト人工染色体(HAC)ベクターのメリットとその活用」
慶應義塾大学医学部講師、株式会社クロモリサーチ 取締役 池野 正史 様
 HACベクターは、@ヒト由来の配列から人工的に作製したミニ染色体を基本構造とするために、自律複製と分配制御により、細胞増殖後も安定に細胞内に保有される。また、A独立した染色体であるために遺伝子導入時に細胞ゲノムへの変異挿入を伴わず、その発現様式は基本的には導入配列に依存し、位置効果による発現抑制は最小限にとどめることができる。などの特徴を有し、安全で継代でき、安定した発現量、複数遺伝子の計画的導入などを期待できる。トランスジェニック(TG)マウスの作製ツールとしては、胚性幹細胞を利用して目的TGマウスを計画的に作製することができ、今後、作製されたTGマウスの評価が待たれる。セルベース・アッセイにおけるHACベクターのメリットについては、
 1)導入遺伝子の個数とプロモーターの設定により用途に応じた発現量の制御が可能である
 2)機能を発揮しうる長いDNAの利用により内在性の発現制御の模倣が可能である
 3)細胞株の作製が再現的なことから、複数種の目的遺伝子間や細胞種間での比較検討が容易である
 4)同一細胞株に対する遺伝子導入を繰り返すことにより段階的な細胞株の作製が可能である
などが、上げられ、創薬の探索研究に必須のレポータージーン・アッセイにおける有用性を示した。
 
【研究テーマ紹介】
研究総括: 「先端ゲノム解析技術を基礎とした免疫・アレルギー疾患克服のための産学官連携
クラスター形成」研究成果の総括
研究統括 千葉大学大学院医学研究院 院長・医学部長 中谷 晴昭
 本年度研究成果の総括をまとめた。
  試作品(3件)
    @ 合成樹脂製血球分離チップ  
    A 抗イヌIgE抗体
    B サイトカイン導入第三世代造血免疫系ヒト化マウス
  製品化(4件)
    @ ミュー・セルソーター
    A HaloTag-ProteinG
    B フォローファイバーろ過チップ
    C ポリ尿素蒸着装置
  特許出願(5件)
    @ 関節リウマチに対する抗IL-6受容体抗体療法の有効性の予測方法を2011年7月15日出願
    A 乳中サイトカイン/ケモカイン値に基づく乳児アトピー性皮膚炎の発症予知を2011年4月28日出願
    B Method for producing immunosystem humanized mouseを米国に2011年10月25日出願
    C CENP-A集合誘導による人工染色体形成システムを米国に2011年11月22日出願
    D 培養プレートの抗菌処理方法を2012年2月29日出願
  一昨年に国内出願した「ES細胞の製造方法」を国際出願した。
 
研究テーマ1: 「免疫・アレルギー疾患克服のための先端ゲノム解析基盤整備とその実用化研究」
(財)かずさディー・エヌ・エー研究所 副所長・ヒトゲノム研究部長 小原 收
 サブテーマ1では、安価で大量生産できる合成樹脂製の血球分離チップの実現を目指し、千葉大学工学部 関教授の水力学的ろ過システム技術、東芝機械鰍フ射出成形技術、早稲田大学の表面親水化技術及び東洋合成工業鰍フ水溶性光感応性樹脂を使った方法などについて産学官連携下に種々の検討を重ね、課題であった血球吸着と濡れ性の改善を実現し、完全合成樹脂製血球分離チップを試作するに至った。試作したチップを用いて通水試験等を行い、合成樹脂製の血球分離チップの実用化に向けての検討に入った。さらに、血漿血球分離だけでなくイムノアッセイも同一チップ中で実施できる高感度のマイクロデバイス系を考案し、試作に向けて条件検討に入っている。デバイスに載せるコンテンツについても工夫を試み、HaloTag-ProteinGのマイクロパターニングによって、微量の検体を高感度検出ができる組換え抗体の系を確立し、有用性を実証した。  
 また、実用的なアレルギー検査用抗体作製に向けて、まずは動物のアレルギー検査用に組換え抗体生産のパイプラインを構築した。なお、安価で簡易型の抗体アレイの測定装置の開発についても検討を開始している。マイクロデバイスシステムは、将来的にテーマ2で見出したバイオマーカーの測定・診断に応用するが、血漿血球分離チップ、高感度抗体アレイ、計測装置の作製等に一定の目処が立ったことより、マイクロデバイスシステムの実現に大きく近づいたと考えている。
 サブテーマ2では、かずさ地区に免疫・アレルギー疾患の遺伝子診断を持続的に継続していく仕組みを確立するのが目的である。第一の対象は免疫不全症で、複数の先天性免疫不全症については、全エクソン解析を終え、候補遺伝子変異の絞り込みに入っている。X染色体由来神経疾患もエクソン解析を終えたが、ゲノム上の全蛋白コーディング領域を見ただけではde Novo変異を残念ながら見出すことができず、他の可能性を模索する必要性が生じている。一方、CINCAと呼ばれる自己炎症性疾患は、原因遺伝子がNLRP3と分かっているが、この疾患が体細胞モザイク変異に由来して発症することを見出した。今までの研究ではこのモザイク症例を同定するのに多大な時間と労力を要したが、次世代シーケンサーを使うことにより、安価で迅速に確定診断できる方法論を完成し論文に報告した。その他、一昨年6月から社会ニーズに答える形でオーファンネット・ジャパンの希少疾患遺伝子検査の受託を開始している。疾患原因遺伝子探索の実績の積み重ねと、既知遺伝子の検査の省力化および低コスト化を実現することにより、我が国のライフイノベーションの一環として国際的にも認められる疾患遺伝子解析研究拠点の形成を目指している。
 
研究テーマ2: 「免疫関連難治疾患の治療効果判定・予後予測のためのバイオマーカーの探索開発研究:
スギ花粉症の治療効果を予測するバイオマーカー探索」
千葉大学大学院医学研究院 耳鼻咽喉科・頭頸部腫瘍学 講師 櫻井 大樹
 スギ花粉症は近年増加の一途をたどり、国民の約4人に1人が罹患しているとの報告もある。直接死に至る疾患ではないが、就業や学業への影響、睡眠障害など患者のQOL障害が強いこと、高額な医療費、さらには自然改善が少ないといったことが明らかにされている。治療法としては、抗ヒスタミン薬等による治療が広く行われているが、長期の服用によっても寛解は期待できない。スギ花粉症に対する根本治療の開発が望まれ、抗原特異的免疫療法(減感作療法)が注目されている。特に従来の皮下注射法に代わり、抗原エキスを口腔に含み、舌裏面の粘膜を介して接種する舌下免疫療法は、医師の指導の下とはいえ自宅での投与が可能であり、痛みも伴わず患者負担が少ない。すでに舌下免疫療法が先行している欧州において、これまで行われた多数症例の報告では重篤な副作用は従来の皮下注射法に比較して激減している。
 千葉大学では2004年以降、スギ花粉症患者を対象に、安全性を確認するオープン試験に始まり、その後プラセボを対象にしたいくつかのランダム化比較試験を行ってきた。安全性と一定の有効性(有効が約7割、その内寛解が約2割)は確認されたものの、標準治療への展開に向けて作用機序、有効性を示すバイオマーカー、効果予測因子の解明は重要な解決すべき課題である。プラセボ対照二重盲検試験で得られた末梢血単核球を用いて、かずさDNA研究所と共同で遺伝子発現解析を行い、治療効果予測因子も含めた様々なバイオマーカーの検索を行っている。なお、舌下免疫療法の作用機序としては、抗原特異的Th2クローンの抑制やiTregの増加が試験結果として示唆された。最終的には網羅的遺伝子発現解析、データマイニング手法によるバイオマーカーの探索と、その検証、確立したバイオマーカーを活用した検査キットのプロトタイプの作成を目指している。また千葉大学イノベーションプラザにウェザー・サービス株式会社が設立した花粉飛散室は、高精度に花粉飛散量をコントロールすることが可能であり、季節に影響されず花粉飛散による症状評価できる。近年ヒノキの花粉飛散の増加も危惧されているが、この花粉飛散室を用いることにより、これまでスギ花粉飛散期の重複から単独での症状の観察が困難であったヒノキ花粉に対し詳細な検討も可能となった。ヒノキ花粉はスギ花粉と共通抗原がみられるが、ヒノキ花粉の飛散試験によって、ヒノキ花粉とスギ花粉による症状違い、またスギ花粉エキスを用いた舌下免疫療法によるスギ花粉に対する効果とヒノキ花粉に対する効果について検討が可能となった。多人数を対象に均一条件での曝露試験を随時行うことが可能な高精度の飛散室を用いることで、治療開発研究の加速が期待できる。
 
研究テーマ3: 「次世代ヒト疾患モデルマウス作製のための技術開発とその利用」
(独)理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター
免疫器官形成研究グループ ディレクター 古関 明彦
 様々なヒト化マウスがこれまでに開発されてきた。造血・免疫系に限っても、免疫不全マウスにヒト由来の細胞を移植することによって作り出された。しかし、ヒトT細胞はマウスMHCに反応するが交差反応性は弱く、免疫不全マウスの体内環境はヒト体内環境を完全には再現できていない。次世代化されたよりヒト環境に近い体内環境を持つ免疫不全マウスを作製するために、ヒト機能分子を免疫不全マウスに発現させる試みを、1)BACトランスジェニックによる発現制御領域を含むヒト遺伝子領域の導入、2)ヒト遺伝子ノックインによるマウス遺伝子の置換、3)クロモリサーチとかずさDNA研究所が保有している人工染色体(HAC)技術によるホストゲノム構造に影響を与えないヒト遺伝子導入、4)特異的二本鎖切断反応を利用した相同組換え反応による染色体改変技術、などの方法を適宜選択しながら、免疫不全マウス(NOD/SCID/IL2rgnull)にヒト遺伝子を導入して体内環境をよりヒトに近づけた第三世代ヒト化マウスの作製を続けている。こうして作製された第三世代免疫不全マウスを用いての疾患再現モデルや造血・免疫系の再現についての研究も進めている。Class I HLAを導入した第三世代ヒト化マウスは、第二世代ヒト化マウスに比べ自然免疫系細胞の生着・分化能に著しい改善が認められ、ClassTHLA拘束性の抗ウイルス活性を示した。膜結合型Stem Cell Factor遺伝子のトランスジェニックヒト化マウスは、ヒトミエロイドの分化増強を示した。また、或る種のサイトカイン導入マウスは、皮膚疾患を発症し、疾患モデル動物としての可能性が示された。今後、BACトランスジェニック法、ノックイン法、HAC法などを駆使してヒト遺伝子導入型の免疫不全マウスを創出し、新たなヒト疾患解析・創薬基盤を創り出すことを通じて我が国のライフイノベーションに貢献することを目指す。