かずさ・千葉エリア「平成23年度産学官連携交流会」報告

日 時: 平成23年9月14日 (水) 13:30〜18:30(第一部、第二部)
会 場: かずさアカデミアホール202会議室(かずさアカデミアパーク内)
参加者: 講演会  89名
懇談会  48名
 
 
基調講演: 「地域科学技術振興施策の現状と今後の方向性について」
文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域支援課
地域支援企画官 木村 直人 様
   わが国の科学技術政策を巡る状況及び国際競争力の低下を受けて、第4期科学技術基本計画(平成23年〜27年)では、環境・エネルギーを対象とする「グリーンイノベーション」、医療・介護・健康を対象とする「ライフイノベーション」を2つの大きな柱と位置付け、科学技術イノベーション政策を戦略的に展開するため、25兆円の研究開発投資を行う。知的クラスター創成事業及び都市エリア産学官連携促進事業が着実な成果を上げてきたことにより、更にイノベーション創出のための体制強化を図るため、文部科学省内に基盤政策課と研究環境・産業連携課を統合した産業連携・地域支援課を設けた。平成23年度の地域科学技術振興施策として、地域イノベーション戦略支援プログラムを実施する。このプログラムでは、2020年を目標に経済波及効果と雇用創出効果を明確にした地域イノベーションの創出構想に対して、地域のポテンシャルに合わせた効果的かつ総合的な支援を行うため、「国際競争力強化地域」および「研究機能・産業集積高度化地域」の2種類の地域イノベーション戦略推進地域を選定し、関係府省の施策を総動員して支援するシステムを構築することを目指している。イノベーションシステム整備事業予算としては、地域の主体的かつ優れた構想に対し、関係府省の施策を総動員し、文科省においてソフト・ヒューマンへ重点的に支援する地域イノベーション戦略支援プログラム、個々の大学等の産学官連携活動の支援や戦略的な知的財産の創造・保護・活用を図る体制を整備する大学等産学官連携自立化促進プログラム、先端融合領域における研究開発拠点の形成に対し支援する先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラムを用意する。最後に、地域イノベーションシステムの構築に向けて、地域の産学官連携のポイントおよびかずさ・千葉エリア事業に今後充実が望まれる事項が提言された。
 
学術講演1: 「リンパ球ダイナミクスと抗体産生反応場の形成」
(独)理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター 免疫細胞動態研究ユニット
ユニットリーダー 岡田 峰陽 様
   リンパ節におけるB細胞とT細胞の移動及び分化について、二光子ライブイメージングを用いて検討し、抗体産生メカニズムを解明した。まず免疫応答中のBリンパ球やTリンパ球におけるBcl6の発現を、組織の中で効率よく検出するために、Bcl6を発現する細胞が蛍光を発するようにした遺伝子改変マウスを作製し、リンパ節の組織切片観察やフローサイトメトリーを実施したところ、免疫応答中のBリンパ球が、胚中心反応の開始前に濾胞外縁部と呼ばれる別の場所でBcl6の発現を開始すること、その際に2つの脂質受容体が変動することを見出した。さらに、二光子励起レーザー顕微鏡を用いて、生きた組織の中のBリンパ球の細胞移動をリアルタイムで可視化した結果、Bcl6の機能が欠損したBリンパ球では、濾胞外縁部から胚中心への細胞の移動が著しく損なわれ、Bリンパ球の胚中心反応のための細胞分化は、濾胞外縁部の微小環境で開始されていると考えられる。
 また濾胞ヘルパーT細胞についても、B細胞濾胞の中における細胞運動を、イメージングによって解析した結果、濾胞外縁部や胚中心の濾胞ヘルパーT細胞は、活発な移動を行いつつもあまり混ざり合わずに、それぞれの場所に保持されていることが分かった。さらにこれらのTリンパ球が胚中心に局在するため上記脂質受容体の発現が必要であることを示した。これらの結果から、濾胞ヘルパーT細胞がヘテロな集団であり、その中に胚中心反応に特殊化した集団が存在することが示唆された。これらの成果は、抗体の長期産生や免疫記憶形成を促進する新しいワクチンの開発に繋がるものと期待される。
 
学術講演2: 「自然免疫に係わる分子異常を背景に臨床症状を呈する自己炎症症候群の解析から探る
免疫・アレルギー疾患の機序」
千葉大学大学院医学研究院皮膚科学 准教授 神戸 直智 様
   自己免疫疾患を特徴づける自己抗体や自己反応性T細胞などを認めず、自然免疫に関わる遺伝子異常を背景に周期熱や関節症状、感染症類似の特徴的な皮膚症状を呈する疾患群が、自己炎症症候群として注目を集める。これら疾患群では免疫学の分野で昨今注目される自然免疫系が、遺伝子上のアミノ酸置換を起こすたった1つの変異(778C>T、R260W)によって破綻し、特徴的な臨床症状を呈することに加え、抗ヒスタミン剤が効かず、抗IL-1β療法(Anakinra)が奏功する点も臨床の場で関心を集める要因となっており、同様の臨床症状を呈するより一般的な免疫・アレルギー疾患の機序を考える上で、有用な情報を提供してくれるものと期待される。
 自己炎症性疾患の中で、細胞内でのパターン認識に関わるNLRP3の変異により痒みを伴わない蕁麻疹を臨床症状とする特徴的な疾患が、クライオピリン関連周期性症候群(cryopyin-associated periodic syndrome, CAPS)である。疾患関連NLRP3変異体では、NLRP3を活性化する因子を必要とせずに蛋白複合体インフラマソームが形成され、IL-1βが自発的に過剰産生される。
 演者らは、CAPSの皮疹においてIL-1β産生細胞としての肥満細胞の関与を明らかにした。また、NLRP3変異体が単球細胞株THP-1細胞に急速な細胞死を誘導することを見出した。興味深いことに、この細胞死はネクローシスとしての性格を色濃く持つものであり、ライソゾーム酵素であるcathepsin Bの特異的阻害剤CA074-Meによって劇的に阻害されるプログラム細胞死であった。実際にこの細胞死は、 CAPS患者の末梢血でも、LPS処理によってNLRP3の発現を亢進させることで再現され、体細胞モザイクとしてNLRP3遺伝子の変異をもつ症例の診断にも有効であることが分かった。演者らは、CAPSがモザイク変異により発症していることをかずさDNA研究所の協力を得て実証し、異論を唱えていたNIHグループに認めさせた。なお、モザイク率と疾患の重症度は、神経症状のみ相関があるとのことであった。
 
【研究テーマ紹介】
演題1: 「免疫・アレルギー疾患克服のための先端ゲノム解析基盤整備とその実用化研究」
(財)かずさディー・エヌ・エー研究所 副所長・ヒトゲノム研究部長 小原 收
   事業の全体像を紹介し、研究テーマ1の「基盤技術整備」及び「疾患原因遺伝子解析の拠点化」の現状と今後の展開を述べるとともに、種々の先端研究をどのように有機的に組み合わせて、産学官連携バイオクラスターを形成し、事業化を目指すかについて紹介した。
 研究テーマ1サブテーマ1は、感染リスクを回避できる閉鎖系の中で、微量の全血を入れてやれば自動的に血漿や白血球を分取し、DNAアレイや蛋白/抗体アレイ解析までを一貫して行うことができるマイクロデバイスシステムの開発を目指している。射出成形により安価で大量生産できる完全合成樹脂製の血漿/血球分離チップの作製を目指しており、千葉大学工学部関教授の水力学的ろ過システム技術、早稲田大学の表面親水化技術及び東洋合成工業鰍フ親水化コーティング剤を用いて検討を重ね、完全合成樹脂製血球分離チップの通水試験に成功するに至った。デザインの最適化やフィルターの内蔵などの改良を行っており、今年度中の完成を目指している。また、血漿/血球分離チップに内蔵あるいは連結する微量検体検出用のマイクロアレイについても、HaloTag技術や光反応性硬化剤を用いたパターニングにより、微量検体の高感度検出に成功し、マイクロデバイスシステムの実現の可能性を実証した。この技術は、テーマ2のバイオマーカーの測定、診断に応用する。なお、オンチップセルソーターを全血処理用デバイスとして改良することも実施している。
 サブテーマ2は、疾患遺伝子解析拠点化を目指して、次世代高速DNAシーケンサーを用いた目的ゲノム濃縮法の技術開発などを行い、先天性免疫不全症、X染色体遺伝性神経疾患のエクソーム解析を行い、原因遺伝子探索の詰めを行っている。また、自己炎症疾患(CINCA) のNLRP3 遺伝子モザイク変異について、次世代シーケンサーを用いた解析を検討している。昨年6月には、社会ニーズに答え、オーファンネット・ジャパンの希少疾患遺伝子検査の受託を開始し、疾患遺伝子解析研究拠点形成に向けて技術及びデータの蓄積を進めている。
 
演題2: 「末梢血単核球の網羅的遺伝子解析による関節リウマチに対するトシリズマブの薬効予測バイオ
マーカー及び薬効評価マーカーの探索」
千葉大学医学部附属病院  アレルギー膠原病内科 助教 池田 啓
   関節リウマチの治療薬として、生物学的製剤がTNFα阻害薬、IL-1β阻害薬、IL-6受容体など、数多く開発され、関節破壊抑制など優れた効果が認められつつある。しかし、ACR20を採ってみても、TNFα阻害薬は1/3が、IL-6受容体は2割が無効であり、ACR70の寛解は、いずれの薬剤も3割程度の達成に過ぎず、患者に合った最適治療に至るまでに1年程度かかる場合も少なくない。患者は、この間、無効な治療薬に高額な医療費を払う必要があり、治療効果を予測するバイオマーカーの発見が望まれる。
 トシリズマブは、日本で開発されたヒト化抗ヒトIL-6受容体抗体製剤であり、高い有効性と寛解率を奏することが報告されているが、効果発現が遅く、CRP等の炎症マーカーの発現を強く抑制したりするため、薬効評価が難しい。
 演者らは、全血でなく末梢血白血球から顆粒球を除くことにより得られる末梢血単核球の遺伝子発現変動を解析し、更に遺伝子抽出のための薬効判定に炎症反応マーカーを用ないCDAIを採用し、治療効果を予測するバイオマーカーの探索を行った。投薬前の患者末梢血単核球を用いたDNAアレイ遺伝子発現解析とCDAIによる薬効評価を行い、有効例と無効例で相違する遺伝子、17遺伝子を同定した。なお、この17遺伝子中5遺伝子は、定量PCRでも薬効と相関することを示した。これらの遺伝子は、トシリズマブの治療効果を予測するバイオマーカーになる可能性があり、今後、検証及びバイオマーカー開発を進める。
 また、演者らは、CD4陽性T細胞をターゲットに、治療前と治療後の遺伝子発現解析を行い、薬効と連動して動く遺伝子を、薬効評価マーカーとして探索した。その結果、15種の遺伝子が薬効と相関して変動することを見出した。見出した遺伝子の内、いくつかについて、強制発現等を行い機能を検討し、薬効評価マーカーになり得るか検討している。
 
演題3: 「母乳中サイトカイン/ケモカイン値に基づく乳児アトピー性皮膚炎の発症予知」
千葉大学大学院医学研究院 小児病態学 准教授 下条 直樹
   乳児期のアトピー性皮膚炎(AD)は最初に現れるアレルギー疾患であり、その後の気管支喘息やアレルギー性鼻炎などの他のアレルギー疾患の発症にも関与する。母乳栄養とADの発症との関係は、母乳構成因子の複雑さ及び乳児における腸内環境と免疫系との間の相互作用の複雑さから、未だ結論を見出すに至ってない。また、ADに関与する初乳及び成熟乳の双方におけるサイトカイン/ケモカインを網羅的に調べた研究はほとんどない。
 演者らは、500人の新生児の前向き出生コホートをセットアップし、出産前に母体に関する多様なデータを取得し、出産後に母乳試料を生後4〜5日(初乳)及び分娩1か月後(成熟乳)に採取し冷凍保存した。乳児が6か月齢の時にAD発症の有無を評価し、発症例51例中の49例および同数のAD(-)対象を背景因子に有意差が出ない様に選んだ。両群とも49例中20例は、乳児に1ヶ月齢まで主に母乳栄養、残る29例は混合栄養であった。
 母乳中のサイトカイン/ケモカインのレベルと、6か月齢におけるAD発症との間の関係を調べるため、初乳及び成熟乳中に含まれる26種サイトカイン/ケモカインのレベルをBio-Plex懸濁アレイシステムを用いて測定した。その結果、初乳中のサイトカイン濃度として、IL-1βなど6種、成熟乳中のサイトカインとして、IL-1αなど10種に有意差を見出した。ROC曲線を用いたロジスティック解析の結果、初乳および成熟乳で、それぞれ3種サイトカイン濃度を見ることにより、8割以上感受性で予測が可能になった。今後、検証を行い、診断薬開発を目指す。
 
演題4: 「次世代ヒト化マウス作製とその応用」
(独)理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター ヒト疾患モデル研究ユニット
ユニットリーダー 石川 文彦
   ヒト免疫学研究に取り組むために、演者らは、免疫不全マウス(NOG、NOD/SCID/IL2rgKO=NSG、NOD/Rag1KO/gcKO=NRG)の体の中に、ヒトの造血・免疫系を再現する「免疫系ヒト化マウス」の作製に成功した。免疫不全マウスの新生仔にヒト造血幹細胞を移入することにより、1か月後にはMyeroid cellが、2カ月でB cellが、3−4カ月でヒト免疫細胞が骨髄、脾臓、末梢血でも認められ、ヒトの獲得免疫系と自然免疫系の両方が約半年間マウスにおいて再現することができた。骨髄、胸線、リンパ節といった免疫組織を私たちの体から直接取り出すことはできないが、免疫系ヒト化マウスを用いることで、ヒトの免疫システムの精緻なメカニズムを理解することが可能になりつつある。さらに、血液のがんと言われる「白血病」や免疫機能が生まれながらに弱い「原発性免疫不全症」BTK欠損症など、ヒトの病気をマウスの体内で再現することに成功し、病態解明に利用できることを示した。一方、これまでの免疫系ヒト化マウスでは、自然免疫系の分化が弱いことや、ヒトT細胞が疾患に由来する抗原を認識する機構ができていないことなど、ヒトの免疫系を解析するうえでの問題点があった。演者らは、これらの問題を解決するため、マウスの免疫系を不全状態とするだけでなく、免疫を取り囲む環境をヒト化するため、HLAやヒトサイトカインの遺伝子導入を行い、class1のHLA導入免疫不全マウスから作製した造血免疫系ヒト化マウスが、EBVにclass1拘束性の抗ウイルス機能を発揮することなど、胸腺の微小環境をヒト化する種々の検討を行うことにより、ヒトの造血免疫系を代替できるマウス作製を進めている。
 ヒト化マウスという免疫学における革新技術を軸に、医療従事者、創薬研究者、免疫学をはじめとする様々な領域の基礎研究者が協力することで、新しい医薬の創出に繋がり、より多くの患者さんを助けるという夢が実現することに大きな期待が寄せられている。