チーム長加星 光子1.ミッションと主要なテーマ ゲノム編集技術は、生物が保持するゲノムの一部を計画的に改変することを可能とし、遺伝子の機能解析などの基礎研究のほか、育種分野での画期的な技術として注目されています。温暖化や気候変動、社会情勢により、農作物の生産や流通には世界的な影響が出てきています。そのため、食料の安定確保に向けて、様々な環境変化に耐え、農作業を省力化しながらも安定的に生産できる品種が必要になっています。コムギ、ジャガイモといった複雑なゲノムを持つ作物は、農業形質に関わる遺伝子の同定や改変が難しく、新品種開発に時間を要しますが、ゲノム編集技術により、従来法では作出が困難な系統の作出が可能になってきています。 私たちは、コムギを中心としたムギ類を対象に、農業生産に関わる形質を改良するためのゲノム編集に関連した技術開発を行います。また、他の植物種と共通する技術によって研究所内外の研究グループと協力し、多様なゲノム編集作物の開発を目指します。79●植物ゲノム編集チーム課題で、高温ストレスに強い有用株の作成なども行っています。万物メタボロームレポジトリ: https://metabolites.in/things3.将来展望 ナンノクロロプシスの全代謝マップが解明され、油脂生産の鍵となる遺伝子の同定も進めば、その中から油脂生産に直接応用できる培養技術や有用株が得られる可能性があります。しかし将来は、油脂に限らず様々な物質を、微細藻類を使って生産できるかも知れません。そのためには、代謝マップの全貌を解明するだけでなく、希望の物質を蓄積するための遺伝子改変や制御を探索するAI技術などが必要となってくるでしょう。光合成をおこなう複雑な生物では、こうした技術はまだほとんど研究が進んでいません。当チームではこれらを念頭におき、微細藻類で代謝を自由にデザインし、すぐ応用的なものづくりへと橋渡しできる基盤技術の開発を目指しています。2.最近のトピックスや成果等 コムギやオオムギは、かつては日本国内でも広く栽培されていましたが、現在は栽培面積も生産量も最盛期より少なく、多くを輸入に頼っています。それは国内では需要に合う(パン、麺などの原料になる)品質のコムギ、オオムギの安定生産が国内で難しかったことと、品質の良い海外産が充分に入手できたためです。日本での栽培は、6月から8月にかけて収穫する秋播き栽培が主流であり、開花期に感染する病原菌を防ぐための入念な防除が必要なこと、また、収穫時期の降雨により品質低下を招く穂発芽が生じるなど、栽培に向いていない気候であることが、遠因として挙げられます。そこで私たちは、ゲノム編集によって病害抵抗性や穂発芽に関係する形質を改良するための研究に取り組みます。 第二次世界大戦後の農業は、石油資源を肥料として大量に使う栽培技術と、それに適した品種の育成で人口増加に伴う食料不足を乗り越えてきました。また、雑草や病害虫による被害を減らす農薬の利用も安定した作物生産を支えていました。そして現在は、温室効果ガスを低減し、温暖化を弱めることが喫緊の課題となっています。耕作地を拡大せず、地球全体の生物多様性を確保することも求められています。こうしたことから、農業のあり方や品種改良の方向性にも転換が必要になっています。
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