73研究室長白澤 健太1.ミッションと主要なテーマ 生物が親から子へ伝える遺伝情報は、DNAにATGCの4種類の塩基の文字列として書き込まれています。その遺伝情報の全てはゲノムと呼ばれ、植物はそれぞれ数億〜数百億文字に相当するゲノムをもっています。私たちはさまざまな植物種について全ての塩基の文字列の並び順を決定し、植物がもつ膨大なゲノム情報を収集・整理しています。ただし、そのゲノム情報の全てが大事な情報であるとは限りません。そこで収集・整理したゲノムの中から、その植物にとって本当に大事な遺伝子の情報がどこにあるかを調べる研究を行っています。また、植物のゲノム・遺伝子情報を農作物の品種改良などの産業に応用するために、大規模データを取得・解析する技術開発を行っています。ゲノム情報の違いを高精度に検出し、統計学と遺伝学に基づいたコンピューター予測モデルを構築することで、世界最先端の植物ゲノム・遺伝解析技術を開発すること、そしてその技術を、効率よく新品種を作り出す方法に展開する研究を進めています。2.最近のトピックスや成果 大量のDNA配列データを収集できる次世代シークエンス技術が実用化されたことを契機として、60種類を上回る数の植物のゲノム解析を新型シークエンサーで実施しました。野菜(イチゴ、ダイコン、トウガラシ、ナス、ラッカセイ等)や果樹(クリ、サクランボ、ナシ、ブドウ等)、花き(アジサイ、キク、サクラ、トルコギキョウ等)などの作物を対象とした解析では、国内外の大学や研究機関、種苗メーカーとの共同研究を広く展開しました。さらに、ゲノム解析が困難とされていた高次倍数体(イチゴ、サツマイモ、ラッカセイ等)や巨大なゲノムを持つ針葉樹(スギ、ヒノキ等)の解析にも成功しています。 最近では、染色体の端から端までをひと続きに解析するための長鎖DNA分析技術やシングルセル分析技術の開発にも取り組んでおり、これらのゲノム研究から、学術的にも産業的にも重要な遺伝子が発見されています。そして、千葉県農林総合研究センターなどと共同でラッカセイやイチゴ等の新しい品種作りのためにゲノム情報を活用した育種技術を開発したり、DNA鑑定による品種識別技術を開発したりするなど、ゲノム研究が産業の発展に大きな役割を果たすようになりました。更には、学術・産業界からのニーズが高まるゲノム解析技術の啓発活動にも注力しています。ゲノムの産業への橋渡しや解析技術の普及を目的とした研究集会を主催したほか、ゲノム研究を一般市民に親しんでもらうために、サクラの開花日予測のオンサイト(現地での)診断システムの開発をクラウドファンディングで進めたり、カタバミの都市・農地部の葉色の変化の原因を全国規模で明らかにしようとする市民参加型・集合知駆動型のオープンサイエンス「みんなでカタバミプロジェクト」など、新しいスタイルの研究も展開しています。3.将来展望 ゲノム情報を利用した品種改良技術の開発を広く展開します。また、大量に蓄積したゲノム情報を活用して、ゲノム構造から植物の系統進化の過程を明らかにする「かずさゲノムプロジェクト」を実施します。そのための第一歩として、植物の全ての目(もく)のゲノムを解読することを目指した研究に着手しました。また、世界における日本のゲノム研究のプレゼンスを高めるために、日本の伝統や文化を象徴するような、食卓を彩る生物や有用な形質をもつ生物、そして、存続が危ぶまれる生物に注目してゲノムを研究する「和色ゲノムコンソーシアム」を立ち上げ、その成果を世界に向けて発信する取り組みを行います。植物ゲノム・遺伝学研究室
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