P r o j e c t s |
地球上には様々な植物が繁茂しており、太陽光のエネルギー、水、炭酸ガスから酸素と有機物を生成する「光合成」によって、地球の豊かな環境を維持するとともに、人類を含む多様な従属栄養生物の食糧になっています。遺伝子研究の進歩とともに、21世紀に向けた地球環境の維持と食糧資源の確保を目指して、バイオテクノロジーによる様々な応用研究が精力的に進められています。
地球に最初の生命が誕生したのは約35億年前です。その後約8億年の生物進化を経て光合成の仕組みを獲得したラン藻が出現しました。ラン藻の働きによって地球は酸素で覆われるようになり、様々な酸素呼吸を行う生物が現れました。ラン藻の光合成システムは、水中の藻類、陸上の植物へと受け継がれています。
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ラン藻ゲノム塩基配列解析プロジェクト |
近年のDNA構造解析技術の進歩によって、1つの生物の全ゲノム(全遺伝子)の解析を行うことが可能になりました。そこで、光合成システムを含めた植物型独立栄養生物の遺伝情報システムを包括的に理解するために、まず単細胞性の単細胞性のラン藻(藍藻)Synechocystis sp. strain PCC6803のゲノム解析を行いました。ラン藻をゲノム解析の最初の材料に選んだのは、微生物でありながら完全な光合成システムを持っていること、単細胞なので遺伝子工学的手法による遺伝子機能解析ができるからです。
ラン藻ゲノムの全塩基配列の決定は全所的支援によって、1996年2月末に終了しました。独立栄養生物のゲノム解析としては世界最初の報告です。ゲノムは3,573,470塩基対で構成されていました。配列はゲノム長の約10倍の素データから構築しており、また構築した配列は試験管内増量法(PCR 法)で確認し、非常に正確なものとなっています。
コンピュータによる読み枠(ORF)解析、遺伝子予測プログラムGeneMarkによる解析、DNAデータベースによる相同性探索の結果から、3,168 個のタンパク質をコードする遺伝子が含まれると推定しました。また、2 つの全く相同なrRNAオペロンと、42個のtRNA遺伝子の存在を同定しました。これらのタンパク質遺伝子やtRNA遺伝子には植物・葉緑体型のものが多数含まれており、植物とラン藻の係わりを強く示しています。
決定したラン藻ゲノムの塩基配列データは、27配列に分割し、DDBJを通じて国際DNAデータベースに登録して公開しています。同時に、インターネットを通じて予測したタンパク質遺伝子配列などを提供するデータベースCyanoBaseを構築し、広く国際的な基礎・応用の研究に供しています。さらに、機能が未知な遺伝子の研究に有用な変異株情報を収めたデータベースCyanoMutantsを公開してラン藻遺伝子研究の支援を行なっています。
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ラン藻プロテオーム・プロジェクト |
DNAが生命の設計図であるとすれば、蛋白質はその設計図に書かれた部品です。生命現象を正しく理解するためには、その設計図だけでなく実際の部品である蛋白質を調べる必要があります。
ラン藻全ゲノム塩基配列解析のインパクトは、その明らかにされたDNA配列の中に、その生物がその生物であることを決めている「全」設計図が書かれているという点でした。つまりごく一部の例外を除けば、そのDNA配列中には、その生物の部品である蛋白質の情報の全てが書かれています。これは従来、“1個もしくは数個”の遺伝子、蛋白質(部品)の同定や機能を解明してきた従来の分子生物学研究の観点を大きく変換するものでした。つまり、私たちは今、細胞の部品である蛋白質のほとんど全てのリストを手中に収めたわけで、新世代の研究ではその限られた全蛋白(部品)リストの中で、各々の蛋白質(部品)が生きている細胞の中で、どのようなネットワークに組み込まれているかを決めていく研究に置き換わったことを意味していました。
このような新しい包括的な研究はポストゲノム研究と呼ばれています。このポストゲノム研究のなかで、蛋白質を包括的に調べる手法は特に近年プロテオーム(Proteome; PROTEin とgenOMEの融合語)研究と呼ばれるようになりました。
私たちは全ゲノム塩基配列決定をしたラン藻 Synechocystis sp. strain PCC6803 などをモデル生物として、このような全ゲノム配列を基盤としたプロテオーム研究をその黎明期から進めてきました。この研究の成果として、今まで不明瞭だったラン藻蛋白質の性質について、 翻訳開始点周辺配列(DNA情報の読み始め)の特徴を明らかにしたことを初め、翻訳開始における種々のレアコドン(特殊な読み始め)の存在、シグナルペプチド(細胞内での部品運搬の印)の特徴、開始メチオニンの去就(部品の加工)の特徴、新規チラコイド膜蛋白質(光合成装置の部品)の存在、翻訳後修飾(部品の仕上げ)の特徴などを実験的に明らかにしました。これらの成果は、ゲノム情報を扱うコンピュータ分野にも重要な基礎データとして使われています。
また、今後のポストゲノム研究に有力な手段となる2次元タンパクー遺伝子リンケージマップを構築し、21世紀の生命科学研究の道しるべとなるよう、日々研究を進めています。これら、ラン藻プロテオーム・プロジェクトの成果は Cyano2Dbase というプロテオーム・データベースとしてインターネットに公開し、国際的に広く使われています。
このようなプロテオーム研究をゲノム配列決定プロジェクトと並行して研究していることは当研究所の特徴でもあり、生命現象をより深く理解することに繋がります。
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シロイヌナズナゲノム塩基配列解析プロジェクト |
ラン藻ゲノム塩基配列の決定を終了した後、次のゲノム解析のターゲットとして、より高度な遺伝情報システムをもつ高等植物のモデル植物・シロイヌナズナArabidopsis thalianaをターゲットとして選び、ゲノム解析を進めています。
シロイヌナズナは、イネ、小麦、大豆など産業植物と共通した遺伝子を多数もっており、発芽してから種子をつけるまでの期間が1ヵ月半と短く研究材料として適していることから、モデル植物として世界各国で遺伝形質の研究が精力的に行われてきました。シロイヌナズナの染色体は5対で、1億3千万塩基対(ラン藻の約35倍)からなるゲノム上に、2万〜2万5千個の遺伝子が存在すると考えられています。シロイヌナズナで得られた成果が農作物の品種改良に密接に係わることからゲノム解析についての国際的な関心は高く、現在は日欧米の共同プロジェクトとして進められています。日本からはかずさDNA研究所が単独で参加しており、参加6グループ中最大の全ゲノムの約30%を分担することが期待されています。グループ全体として、西暦2000年中に全ゲノムの解析を終了する予定です。
かずさDNA研究所で決定したゲノムの配列データは、順次国際DNAデータベースに登録するとともにインターネット上にデータベース KAOS (Kazusa Arabidopsisdata Opening Site)を設置して提供しています。また、国際分担プロジェクトに参加している6研究グループの公開した配列も収集しかずさで行なっている方法で解析を加えた結果をArabidopsis Genome Displayerで公開し、シロイヌナズナゲノムの最新の全遺伝情報に統一されたインタフェースでアクセスできるサイトの構築を目指しています。
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cDNAプロジェクト |
植物のゲノム解析はシロイヌナズナやイネを中心として進められています。これらの系では、ゲノム塩基配列の決定と構造情報を利用したゲノムレベルでの包括的な機能解析によって、植物が共通に持つ基本的性質に関する理解が深まることが期待されます。しかしながら、これら2種類のモデル植物の解析だけでさまざまな植物が顕す多様性を説明することは困難です。
そこで私達は、いくつかの代表的な植物種のもつ遺伝情報をシロイヌナズナと比較することによって、各植物独自の遺伝子レパートリーや発現制御システムを明らかにすることを目的として、大規模なcDNA塩基配列情報の蓄積を進めています。
シロイヌナズナ以外の材料としては、ゲノム解析や分子遺伝解析が可能なミヤコグサ(マメ科)、クラミドモナス(単細胞緑藻)、スサビノリ(多細胞紅藻)を選び、各材料より作製した均一化ライブラリーおよびサイズ分画ライブラリーを用いてEST (Expressed Sequence Tag) 解析を行っています。
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