植物ホルモンは高等植物の生長に大きな役割を果たす生理活性物質である。サイトカイニンはオーキシンと並んで重要な植物ホルモンであり、細胞分裂の活性化などの、植物の生長にとって欠かせない役割を果たしていると考えられている。しかしこうした結論は主に組織培養などの生理学的実験から導かれたもので、植物がふつうに生育している際にサイトカイニンがどのような役割を果たしているかについてはよくわかっていない。
最近シロイヌナズナにおいてサイトカイニンの受容体が明らかにされたことで、この課題に答えられるようになってきた。サイトカイニン受容体は二成分制御系のセンサーヒスチジンキナーゼ(AHK2, 3, 4遺伝子産物)であり、サイトカイニンシグナル伝達の正の制御因子として機能する。これらの変異株から調整した培養外植片では、カルスの緑化やシュート誘導といった典型的なサイトカイニン応答が著しく弱まっている(図の左側中央の写真)。このことは、AHK遺伝子群がいずれもサイトカイニン応答に必要な受容体をコードしていることを示している。サイトカイニン受容体は複数の遺伝子からなる多重遺伝子ファミリーにコードされているため、これらの単独変異株の生育は野生株とほとんど変わらない。すべての遺伝子について機能欠損変異株を得たので、今後多重変異株を作成することで、サイトカイニンが高等植物の生長や分化にどのような役割を果たしているかがわかるだろう。
サイトカイニンのような細胞外シグナルによる情報は、シグナルの受容と伝達を経て、核内の転写因子へと伝えられる。これら転写因子がその情報に即応した一群の遺伝子の発現を調節することで細胞は適応的に応答できる。従って高等植物特異的な転写因子の機能を探ることは、高等植物の生長や分化の分子機構を明らかにする上で大変重要な課題である。
TCP遺伝子群は高等植物にのみ見いだされる転写関連因子をコードしており、植物が示す様々な生物学的現象に深く関わっていると期待されている。シロイヌナズナには24個のTCP遺伝子があり、我々はそれらを網羅的に解析することを試みている。TCP13遺伝子はサイトカイニンシグナル伝達機構と関連があるのではないかと思われ、その変異株は半矮性の表現型を示し(図の左下:左が変異株、右が野生株)、この遺伝子が細胞分裂の活性化という役割を持っていることがわかった。一方TCP16変異株は花粉の成熟に必須であることが明らかとなった。図の右下にあるように、TCP16ヘテロ接合体の成熟花粉は半数が正常で残り半数は生存能を失った不活性花粉である。こうした転写因子の研究から、高等植物の様々な生長・分化メカニズムを遺伝子レベルで明らかにすることができるだろうと期待している。