高等植物(被子植物)の卵細胞は何層もの母体組織で厚く覆われている。このため、卵細胞がどのように形成され、受精し、発生を開始するのか、そのメカニズムには不明な点が多い。そこで本研究では卵細胞を含む雌性配偶体(胚嚢)が母体組織から突出するトレニアという植物に注目した。さらに、これまで開発してきたin vitro受精系、高感度顕微鏡システム、顕微細胞操作技術を駆使することで、高等植物において生殖細胞が明確な極性に従って形成され、受精し、発生を開始するメカニズム、およびそれらの過程ではたらく遺伝子群を明らかにすることを目的とした。

 はじめに、4核期の雌性配偶体を、in vitroで高頻度に8核7細胞の雌性配偶体に分化・成熟させる系を新たに構築した。シグマ光機(株)と共同でタイムラプスシステムを構築し連続観察を行ったところ、核はその後の発生運命に応じて分裂前に明確な細胞内局在を示すことが初めて確認され、また細胞化は有糸分裂の終了とほぼ同時(20分以内)におこることが示された。マイクロインジェクション等による遺伝子導入技術の開発も合わせて進展しており、4核期の雌性配偶体への遺伝子導入により卵細胞や助細胞など全ての細胞が形質転換できると期待される。今後、雌性配偶体の形成から初期発生に至る一連の過程において、遺伝子機能のトランジェントアッセイやオルガネラの動態解析を行う予定である。

また、雌性配偶体が形成され成熟するに従い、卵細胞の隣にある2つの助細胞が花粉管の誘引を開始することが明らかとなった。誘引シグナル分子の同定に向けてその化学的性質を明らかにする中で、トレニアに近縁で雌性配偶体が裸出するアゼトウガラシを用いると、トレニアの花粉管はトレニアの雌性配偶体にのみ誘引され、アゼトウガラシの花粉管はアゼトウガラシの雌性配偶体にのみ誘引されることが明らかとなり、誘引活性に種特異性が存在することが明確に示された。この強い種特異性はシグナル分子がタンパク質性のものである可能性を示唆しており、この点を明らかにすることを目指すとともに助細胞のEST解析の準備を進めている。また、30μm程度の距離であれば誘引シグナルは数分で形成されることが明らかとなり、シグナル分子のアッセイ系の開発も進めている。

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